白豚王子育成計画〜もしかして私、チョロインですか?〜
 私とエド王子の仲がこじれないように、お父様が嘘を吐いた可能性はある。もしそうだとしたら、お父様のお気遣いを無駄にするわけにもいかない。

 でも、その嘘でエド王子に心配かけるのも忍びなくて。

 ――あああああ、お父様ごめんなさい!

 色々と葛藤した後、「そんなことない」と王子に告げようとした時だった。

 会場の優美な音楽が、一際大きくなる。気がつけば、ここはホールのど真ん中。

 そこで、エドワード王子が私の手に軽く触れたまま、跪いた。

「僕の女神よ、一曲だけで構わない。僕と踊ってくれませんか?」

 その真摯な目が、私だけを見上げている。私が思わずキョロキョロすれば、痛いくらいに周りの注目が集まっていて。それでも、エドに手を握られた痛みに視線を戻せば、彼は慈しむように微笑んでいた。

 その優しすぎる笑みと、有無を言わさない手の痛みに、嫌でも察する。

 君は頷くだけでいい――――そう告げられているのだど。

「も、もちろんですわ」

「ありがとうリイナ。愛している」

 そのあっさりと付け加えられた一言に赤面しているうちに、エドは立ち上がっていた。流れるように腰に手を回し、「無理しないで。僕についてくるだけでいいからね」と小さく耳打ちしては、音楽に合わせてゆっくりと動き出す。

 それは、何度も何度もお花畑で練習したステップ。

 引きこもっていた一週間も、これだけは忘れないようにと何度も練習した足取り。それでも、広いホールで踊るのと、周りに人がいるのとでは、色々と勝手が違い、どうしても足がもたれてしまう。

「あ、すみま――――」

 エドの足を踏んでしまい、体勢を崩しかけても、エドはしっかりと私を支えてくれる。そして最後まで謝罪の言葉を告げるよりも早く「大丈夫」と優雅に微笑む。

 なぜか、周りからは感嘆の声が上がっていた。エドが完璧にエスコートしてくれているとはいえ、足を引っ張るだけの私のダンスが、上手いはずはないのに。

 それでもエドは曲が終わるまで、終始笑みを崩さない。
 優雅に私と踊る姿は、まさに素敵な王子様。

 ようやく踊り慣れてきた頃は、もう曲も終盤。それでも気がつけば、私は彼の顔に見惚れてしまっていた。それに気が付いたエドが、嬉しそうに笑みを強める。それが嬉しくて、私も照れながら微笑み返した時、曲は止まってしまっていた。

 エドが私の手を離し、一礼してくる。私も慌ててお辞儀を返すと、周囲からは拍手が湧き上がった。

「素敵なダンスでしたわ」

「さすがはエドワード王子。不調なリイナ様のフォローもお見事でした」

 わらわらと集まってくるのは、先程エドを取り巻いていた令嬢たち。きっと彼女たちも権威高い令嬢なのだろう。エドも無碍には出来ないのか、チラチラと私の方を見ながらも「そんなことないよ」と相手をしているようである。

 ちょっとそれに小さくため息吐いた時、「キャンベル嬢」と声を掛けられた。振り向けば、知らない男の人が片膝付いている。

「その噂に違わぬ美しさ! もし宜しければ、私とも一曲お願い出来ないでしょうか?」

「え、私?」

「もちろんでございます。出来ればその後、聡明であらせるキャンベル嬢とぜひお話しする時間をいただけないでしょうか。市政について色々とご意見を伺いたいがございます」

「市政ですか……」

 どうしよう……一応マナー的には、最初の一曲を決まった相手と踊ったあとは、色々な相手とダンスを楽しむものと一週間で読み漁ったマナー本には書いてあった。基本的に、ダンスに誘われたら断ってはならないと。
 だから、エドワード王子の婚約者として、キャンベル家の令嬢として、私の返答は決まっている。その後のお喋りも……市政って政治のことだよね? 正直まだ全然わからないのだけど、相手の話しぶりからして『リイナ=キャンベル』なら食いつくような話題らしいし、女は度胸だ。

「私なんかで宜しけれ――――」

「ダメだよ。リイナ」

 伸ばしかけた手を、横からバッと掴まれる。振り向けば、エドが険しい顔をしていた。

「ダメ。絶対にダメ」

「エド、でも――――」

 マナーが――そう続けるよりも早く、エドが私を誘ってきた男性に向かって苦笑を向けた。

「すまないね。先程のダンスを見てもらってわかるように、リイナは具合が良くないみたいで。申し訳ないけど、このまま下がってもらおうと思っていたんだ」

 そう言うな否や、「では失礼するよ」と再び私の手を引き、有無を言わさず会場を後にしてしまう。

 連れて行かれながら、

「僕は怒っているんだからね」

 見目麗しい王子から小さく告げられた言葉に、私は俯くことしか出来なかった。


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