イノセント ~意地悪御曹司と意固地な彼女の恋の行方~
トントン。
次長室のドアがノックされた。

「はい」
抑揚のない遥の声とともにドアが開く。

入ってきたのは雪丸さん。
一瞬萌夏を見て、遥を見て、チラチラと部屋の中に視線を泳がす。

「明日の会議資料ならデスクの上だ」
「はい」

「社長からの電話は折り返すと伝えてくれ」
「はい」

「心配しなくても、30分後には出る」
「はい」

短い会話だけして出て行った。

すごいな、雪丸さんは何も言っていないのに。

「朝の内に会議資料を渡されていたからね、そろそろ取りに来る頃だと思ったし、いつもは右の胸ポケットに携帯を入れている雪丸が持っていなかったからどこかから電話があったんだと思った。そうなれば相手は社長か実家か取引先。取引先なら会社にかけるだろうし、この時間なら社長しかないだろう」
不思議そうにしている萌夏に、遥が種明かしをする。

「ふーん」
瞬時にそんなことを考えていたなんてびっくり。

「それに、雪丸は萌夏を心配して入ってきたんだ」
「え?」

「ここに入ってきたとき、萌夏を見ただろ?」
「うん」
確かに目が合った。

「ああ見えて心配しているんだよ」

今の私は雪丸さんが直属の上司、心配するのもわからなくはない。でも、意外だな。
てっきり嫌われていると思っていたのに。

「雪丸は自分の感情で公私混同するような奴じゃない」

「そうね」
失礼なことを考えてしまった。

ん?
え?
今、私は何も言ってないはず。

「萌夏が何を言いたいのか、表情を見ていればわかるさ」

「それって、すごい能力ね」
ちょっと嫌味を込めてしまった。

言葉にしない感情を見透かされるのは、正直いい気持ちではない。
自分の中にずけずけと踏み込んでこられたような気分。
< 88 / 219 >

この作品をシェア

pagetop