イノセント ~意地悪御曹司と意固地な彼女の恋の行方~
「気分を悪くしたなら、ごめん」
うなだれる遥。

「これも帝王学の一環なの?」
嫌味ではなく萌夏はきいた。

大企業の御曹司はそんな教育も受けるんだろうかと、単なる好奇心。

「俺のこと、聞いたんだな」
遥の顔色が変わった。

ああ、そうだ。
遥が平石財閥の御曹司だと、萌夏は知らない事になっているんだった。

「ごめん、たまたま聞いてしまったの」
「謝ることはない。事実だ」
「うん」

そうだね。
遥はきっと、住む世界の違う人。
今はたまたま同じ家にいるだけだものね。

「なあ萌夏」

ん?

「これからは、何かあったらまず俺に話してくれ。どんな小さなことでも俺に知らせてくれ」
「礼さんに相談したことが、そんなに嫌だった?」
「そうだな。礼より先に知りたかった。そうすればもう少し違う方法で解決できたかもしれない」

違う方法って・・・

「お前が何を根拠にあの男を怪しんだのかは知らない。話したくないなら聞こうとはしない。でも、礼は詐欺師の正体を突き止めて、本部長に報告した。当然詐欺師のことは公となった。それはいいんだ。でも、『なぜ、礼が詐欺師の正体を突き止めたのか?』『そもそもどうして怪しいと思ったのか?』嫌でも憶測を生むことになる」

「私は、礼さんに迷惑をかけることをしたのね」
「そうだな。もう少し穏便な方法で解決したかった」
「ごめん」

「いや、お前が謝ることじゃない。経営側の人間としては、被害を未然に防いでくれたことに礼を言うべきところだ」

遥の辛そうで悔しそうな表情に、萌夏の胸が苦しくなる。

「ごめんなさい」
「うん」
「これからは何でも遥に話すから。本当に」
泣くつもりなんてないのに、萌夏の頬を涙が伝っていく。

「萌夏、怒って悪かった」
いつの間にか隣に座っていた遥にそっと抱きしめられた。

この温もりも匂いも身近な存在。
でも、この心地よさに慣れてはいけない。
今だけの一時的なものだから。
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