君に伝えたかったこと
彼の右手が優しく頬に触れる。
その体温を感じた瞬間、親指が唇をそっとなぞる。

一気に溢れてくる涙

(芳樹だ・・・)

美貴恵は何言わず、頬にあてられたその手を両手で握りしめた。

芳樹はお別れのキスをしたあとに、必ずこうして頬に手を当ててから、(またね)
と言って帰っていく。

バイバイ、じゃあね、って言わないのも、芳樹なりの表現だった。

またね・・・また逢おうね

そんな意味が込められていたんだと、美貴恵は気が付いていた。

芳樹の優しさが気持ちの中にゆっくり染み込んでくる。

美貴恵が(もう連絡をしません)と告げたあの日も、芳樹は最後にキスをして、頬に触れてくれた。
そしてあの時と同じ温かさの芳樹の右手。

(戻れたんだ・・あの時の続きに・・・)

それまで別々に過ごした時間を取り戻すように、二人は時間を忘れて話続けた。

新しく始めた趣味のこと、最近通い始めたスポーツジムのこと、一緒に居たら連れて行ってもらいたい場所のこと。
話題なんて探さなくても次々に生まれてきた。

しかし、美貴恵が一番伝えたかったのはそんなことではなかった。

離れる決心をしたのは、自分の本意ではなかったという事。
死ぬほどつらく悲しい決意だったと言う事。

芳樹にまた逢えた嬉しさで、伝え忘れてはいけない。
そう思った美貴恵は、渋滞中のクルマの中でポツリとつぶやく。

「ごねんね、あのとき・・・私本当は・・・」

色々なことを話してくれていた芳樹の言葉が、ふと止まった。

「大丈夫だよ、わかってるから。美貴恵は幸せになれるから。これからも」

待ち続けていた言葉だった。

そして、ずっとずっと言いたかった気持ち。

「大好きだよ、芳樹」

「知ってる」


信号待ちの一瞬。
二人の唇が、静かに重なる。

あの日の続きが、また始まる合図のように。

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