君に伝えたかったこと
しばらくして二人が到着したのは映画館の駐車場だった。

たまたまこの日は美貴恵が見たいと思っていた映画の初日だったこともあり、初めてのデートは映画館に決めたのだ。

しかし、平日それも午前中の映画館は驚くほど静かな空間だった。
もちろんロビーにも客も数えるほどしかおらず、席についても、いっこうに観客が増える気配もない。

「全然お客さん来ないね」

「ホント、これじゃほとんど貸しきり状態だ」

しばらくして映画の上映時間が始まると、チラホラと客席も埋まってきた。
とは言っても一列に一人がせいぜいで、あとは女の子だけで来ている3名のグループが最前列にいるだけだった。

照明がだんだんと落とされ、場内が一瞬だけ暗闇に包まれたあと、スクリーンに映像が映し出される。
芳樹がひじ掛けのドリンクホルダーに置いたコップを取ろうと、少しだけ体を左に傾けて手を伸ばす。
ちょうどそのとき美貴恵もちょっとだけ体勢を整えようと体を右に倒した。

まだ何も流れていないスクリーン。

かすかにお互いの手が触れた。

二人だけに流れる一瞬の静寂。

二人にしかわからない温度。


それがどんなに一瞬の出来事だとしても、はっきりとその出来事が気持ちに刻み込まれる。

同じ場所 同じ時間 同じ景色を見ている二人 

相手のことをはっきりと意識させてくれた出来事

芳樹と美貴恵の気持ちは徐々に加速していく。


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