冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 母がなにか言いかけてやめた。割とはっきりものを言う母がこんな風になるのはめずらしい。よっぽど言いづらいことに違いない。

「なに、言いかけてやめるなんて、気になるじゃない」

 鍋の中に衣をつけたエビを入れると、じゅわと油の音が響いた。できるだけ明るく聞いた。

「今日聞いちゃったの。悠翔のクラスの子のママさんたちがあの子の父親について噂してるのを。きっとわたしがあの子のおばあちゃんだって知らなかったのね」

 ああ……きっとあのママさんだな。

 何人かのママたちの顔が思い浮かぶ。わたしが迎えに行くとこそこそと話をしはじめる。挨拶をしても無視されたり……まあ、あるあるなんだけれど。

「なんて言ってた?」

 せっかくだから内容を聞こうと思ったが、母が言うか言わないか迷っている。

「別になにを言われても気にしないから。でも教えて」

 本当に気にしないなら、噂の内容なんて聞かない。本当はすごく気になっている。

「悠翔の父親が犯罪者で刑務所に入ってるとか、不倫の末の子だとか」

 母は洗い物をしながら吐き捨てるようにして言った。母も怒ってそして傷ついているに違いない。

「そのどっちでもないよ。あの子の父親は本当に素敵な人なの」

「だったら、なんであなたや悠翔を放っておくの!?」

 めったに大きな声をあげない母の声がキッチンに響いた。悲痛な声に胸が痛む。

 三年前悠翔をひとりで産むと決めたせいで、母が傷つき翔平が悪く言われている。こういうときに自分のした選択が間違っていたかと思うこともあった。

 なにも言うことができずに黙ったまま、天ぷらを揚げる。

「……ごめんね。あの子の父親の話はしないって約束だったね」

 黙り込んでしまったわたしに母が謝る。

「ううん。ごめん、嫌な思いさせて」

「お母さん、自分が嫌な思いをするのは平気なの。でも瑠衣や悠翔のことになるとね……。わかるでしょ、あなたも母親なんだから」

「うん」

 子供を持ってやっと親心がわかるようになった。だから今母がどれほど怒り、悲しんでいるかがわかる。

「ごめんね。ありがとう」

 心ない人もいる。でもそういう人に負けないようにわたしが幸せでありたいと思う。人は人、自分は自分。自分の思う幸せをまっとうしよう。

「ばあば~」

 キッチンに悠翔がやってきた。

「なあに」
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