冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 失恋まがいの出来事があったせいで、今日は本当にネガティブだ。こんなんじゃダメだと思いながらも、ため息が止まらない。

 グラスを持ち、ライトを受けてきらめく赤い液体を喉に流し込む。美味しい……けれどこれで四杯目。ハイペースで飲んだせいで酔いが回ってきた。

「だからそれが間違いだって言ってる。一度でいいから素の自分でいられる相手と恋愛してみろって」

「どこにいるのよ、そんなもの好きな相手。そんな相手がいたらすぐに全部あげちゃう」

 素のどうしようもないわたしを好きだなんていう相手、今までいなかった。だからこそ努力に努力を重ねてきたのに。

 大胆な言い方だけど、実際にそんな人いないんだから。

 簡単に言ってくれちゃって。なんでも持っている翔平には、わたしの気持ちなんてわからないんだ。

 呆れて彼を見ると、真剣な顔でこちらを見る翔平と目が合い驚いた。

「翔平?」

 あまりにもじっとわたしを見るので、どうかしたのかと不思議に思う。それでも翔平はわたしを見つめ続けた。

「ねえ……」

「瑠衣」

 わたしを呼ぶ声。いつもよりも低く熱を帯びているように感じる。

「ねえ、どうしたの?」

 いつもと彼のまとう雰囲気が違う。

「翔平ってば――」

 不安になってもう一度名前を呼んだ。

 そんなわたしに、翔平は衝撃のひと言を放つ。

「じゃあ俺が全部もらってもいいんだな?」

 ――ガチャン。

 驚きでびくっとなった。手がグラスに当たって音をたてて倒れた。幸いすでに飲み干していたけれど、わたしはそのグラスをもとに戻すこともできずに、ぽかんと彼を見続けることしかできない。

 翔平はそんなわたしを見て、にっこりと笑った。

 ……なんでこんな冗談で笑ってられるの?

 きっとわたしを驚かせて満足したに違いない。なんだかバカにされている気がした。だからわたしは言った。

「いいよ、翔平になら全部あげても」

 売り言葉に買い言葉。完全に勢いだった。だけどそこにわずかに『翔平になら』という気持ちがなかったわけでもない。多分……。

「じゃあ遠慮なく」

 彼はそう言うと、バーテンダーに「チェックを」と伝えて、椅子から立ち上がった。

「行くぞ」

「え、え?」

 戸惑ってもたもたしていると、彼はすでに出口に向かって歩き出していた。慌てて追いかけたわたしに、バーテンダーの「ありがとうございました」の声が聞こえた。

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