冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 ……本気なの?

 ホテルの宿泊フロアの廊下で、わたしは前を歩く翔平の背中に心の中でそう問いかけていた。

 バーを出た後の翔平の行動は実にスマートだった。わたしを待たせることなくすんなりと部屋に案内している。

 もしかしてこうなることを想定していたのかと疑いたくなるほどだ。

 ドキドキと高鳴る心臓。体が熱くて思考がまとまらないのは、お酒のせいだけじゃない。本当に嫌ならば、ここまでついてきていない。別に無理矢理連れてこられたわけじゃないのだから、帰ることだってできる。

 そして翔平もそのことをわかっていて、すたすたと迷うことなく歩いているのだ。だから余計に悔しい。

 でも……ここでひるんだら負けたような気がする。よくよく考えれば勝ち負けの問題じゃない。なのにこのときのわたしは冷静に物事を考えることができなくなっていたのだ。

 部屋の前まで来た。翔平がカードキーを差し込む前にわたしに聞いてきた。

「怖気づいた?」

 挑むような言い方。不敵な笑いを浮かべる彼に思わず言う。

「……そんなはず、ないじゃない」

 なんて強気な発言。本当は胸が張り裂けそうなほど緊張でバクバクしているのに。こうやっていつだって自分を大きく見せてきた。

「ふーん。かわいいやつ」

「え?」

 なんでそこで〝かわいい〟になるの? 普通こんな傲慢な言い方〝かわいくない〟じゃない?
 わたしの目の前で笑っている翔平の意図がわからなくて混乱する。

 だけど翔平は待ってくれない。

 彼がカードキーを差し込むと「ピッ」という音とともに扉が開いた。「おいで」と言った翔平がわたしの腕をとって部屋に入った。

 ――パタン。

 部屋の中に扉が閉じる音が響いた途端、わたしは彼に抱き寄せられて唇を奪われた。



「んっ……」

 鼻にかかる甘ったるい声が思わず出てしまう。最初はいきなりのことに驚いたけれど、それも一瞬だった。すぐに翔平とのキスに夢中になったわたしは、彼の唇に翻弄されていた。


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