冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「おいおい、君島がそんな風になるなんて、驚いたな」

 目を見開くその姿からよほど驚いているということが伝わった。

「ですよね。わたしも驚いています」

 まさかこんなに子煩悩になるとは予想もしていなかった。うれしい誤算ではあるけれど。

「なんとでも言ってください。なぁ、悠翔」

 翔平は悠翔に同意を求めているけれど、悠翔は姉がさましてくれていた鍋のつみれやうどんをうれしそうに食べている。

「食欲旺盛だね、すごい」

 お姉ちゃんってば、ほんと褒め上手だな。そういえば小さい頃はわたしのことも随分褒めてくれたっけ。

 姉夫婦にはまだ子供がいないけど、きっと姉が育てる子なら素敵に成長しそうだ。

 それからわたしたちは、大いに食べて大いに笑った。

 こんな風にゆったりと食事を楽しむのは久しぶりだ。

 みんながリラックスして話し込んでいると、悠翔がコップをひっくり返した。

「あっ!」

 声をあげたけれど、すでに遅い。テーブルの上にはお茶がこぼれてしまった。

「あーあ」

 こぼした本人があまりにも残念そうに言うので、みんな声をあげて笑った。

「確かに、こんなにかわいいし、怒るに怒れないな」

 和也さんも悠翔を見て今日は終始笑顔だ。

 子供がひとりいるだけで、みんなが幸せな気持ちになる。

 子供の存在って、改めてすごいなぁと思う。

「あーあ、わたしも早く子供が欲しいな」

 悠翔を眺めながら、姉が呟いた。それを聞いた全員が彼女の顔を見る。

「え、あ! なに、そんな深刻な話じゃないからね」

 慌てて笑顔を浮かべて否定する。

 けれどわたしは知っていた。姉夫婦がかねてより子供が欲しいと思っていることを。

「そりゃ早く会いたいなぁと思うけど……」

 姉の言葉に和也さんが隣から肩を抱き寄せる。

「そのうちだよ。な」

「うん……」

 きっと姉夫婦の子供は男の子でも女の子でもとってもかわいいに違いない。わたしも早く会ってみたい。

 少ししんみりした空気を変えたのは、翔平だった。

「では、そろそろ片付けますか! 悠翔手伝って」

「おー」

「おーじゃなくて、はいだろ」

「おー」

 ふたりの掛け合いにまた笑い声が響く。

 それからわたしたちは片付けを済ませるとタクシーに乗り翔平のマンションに向かった。

 その最中に姉の表情を思い出す。

「ねぇ、お姉ちゃんのところにも赤ちゃんがやってくるといいね」

「ああ、そうだな」

 命の大切さについてよくわかっている翔平は、それ以上なにも言わなかった。けれどその代わりにわたしの手をしばらくギュッと握ってくれていた。

「悠翔が生まれたのは奇跡だね」

 翔平の膝に頭をのせて寝ている姿を見るとそう思えた。

 わたしたち家族は、奇跡で繋がっている。

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