冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
「いや、君の努力だよ。大変なこともあるけれど、できるから! 頑張って」

「はい」

 わたしは上司からの後押しに、気合を入れなおした。

 周りの人に支えてもらっている。悠翔を身ごもってから感謝することが増えた。それまでは人に頼ってはいけない。自分のことは自分でするのが正しい。杓子(しゃくし)定規にそう思っていたけれど……そういう生き方を変えた。そして昔のわたしよりも、今の自分の方が好きだと思える。

 デスクに置いてあったスマートフォンにメッセージが届く。そこには翔平からの頑張れのメッセージ。

 仕事も恋愛も家族のことも、うまくいっている。

 そう思っていた。



 バタバタと充実した毎日を過ごしていたある日。仕事を終えたわたしは実家の最寄り駅に立ち寄る。少し仕事で遅くなったので、今日、悠翔は実家の母にお迎えに行ってもらったのだ。

 駅を出ると冷たい風が頬を撫でた。大判のマフラーに薄手のウールコートのわたしは前を合わせながら、そろそろダウンを準備しないと自転車乗るときに寒いなぁと考えていた。

「山科瑠衣さん?」

「はい?」

 考え事をしていて、人が近付いてきていることに気が付かなかった。顔を上げるとそこには見知らぬ女性が立っていた。彼女はサラサラの美しい黒髪をかき上げながらもう一度聞く。

「あなたが、山科瑠衣さん?」

「え……はい」

 返事をすると彼女は目を薄く開いてわたしを見た。まさに頭の先からつま先までなにかを確認するかのように。

 そして「はぁ」と大きなため息をついた。

「あの、なんですか?」

 あまりにも失礼じゃない? それとも気が付いていないだけで、わたしが彼女になにかした?

 ため息の理由はわからずに、わたしは女性に不信感を持つ。

「ごめんなさい。あまりにもあなたが普通すぎて、驚きが隠せなかったもので」

「普通……どういう意味ですか?」

 余計に言っている意味がわからない。

 確かに彼女に比べたら、わたしが普通と表現されても無理はない。小さな顔にきちんと配置された整ったパーツ。お化粧だけではどうしようもない元来の美しさを持った作りだ。肩口で整えられた黒いつややかな黒髪。体にフィットしたスーツに高いヒール。できる女の代名詞みたいな出で立ちは、内面からあふれ出す彼女の自信を如実に表していた。

「わたし、西尾舞花(にしおまいか)と言います」
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