冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 彼女はバッグから名刺入れを取り出し中から一枚差し出した。その肩書きを見て驚く。翔平から名前を聞いたことのある研究所だったからだ。彼女は医師でありそこの研究員だと名刺に書いてある。

 嫌な予感を押し殺して尋ねた。

「あなたは翔平……いえ、君島さんのお知り合いですか」

「そう。それくらい想像する頭はあるようね」

 敵意を隠そうともしない彼女に、わたしも警戒する。

「ご用件は?」

 ここで話を聞く筋合いもないけれど、このまま放っておけばきっとまたわたしの前に現れるだろう。

「用件ね……それはもう済んだわ。君島くんの相手を見に来ただけだから。たいしたことなくて笑っちゃう」

「な、なに! 失礼ですね」

「だって帰国後彼が急に冷たくなったんだもの、どんな女か気になるじゃない」

 どうして見ず知らずの相手にこんなことを言われないといけないのか。わたしは怒りが込み上げてきた。しかし相手は怒るわたしを見ても余裕の表情で、こちらを見下している。

「あなたは、翔平とはどういう関係なの?」

「あら、ちゃんと話をしないとわからないなんて。やっぱりバカなのね」

 確かにこんな風に乗り込んでくる人だ。ただのお友達ではないだろう。

「あなたが勝手に君島くんの子供を産んだおかげで、彼は大きなチャンスを逃したわ。いきなり子供のために本来うちの研究所に来るはずだったのを、病院勤務にするとか言い出して。あなたにこの責任取れるの?」

「えっ……待って。それどういうことですか?」

 翔平からはそんな話は聞いていない。いや、どういった経緯で日本に戻ってきたのか、なぜ今の病院に勤めているのか、それさえ聞いていないのだ。

「もし研究所で働いていたら、もうすぐ彼の研究成果が世界で認められるかもしれなかったのに。スポンサーも見つかったし、論文だって病院勤めじゃ書く時間が限られているわ。それなのにあなたたちの近くにいるために、病院に勤務することを選んだのよ」

「どうして翔平。そんなこと……だってずっと頑張ってたのに」

 留学までして向こうの研究施設でもそれなりの評価を得たに違いない。それらを捨ててまで、わたしたちのために?

「息子に医師として現場で働いている自分を見せたいからって、ばからしいわ」

 こんなときになってから、翔平について知らないことが多いことに気付かされる。
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