双生モラトリアム

アパートから出てドアを締めようとした瞬間、ドアの隙間に足を入れられた。

(えっ……誰?)

後ろから口を塞がれ、そのままアパートの中に引きずり込まれる。
混乱したまま玄関の上がり框(かまち)のところで解放され、突然の恐怖でへなへなとその場で腰が抜けてしまう。

「……この1週間……どこにいた?」
「……いつ、き?」

押し殺したような、低い低い声は。聞きなれた樹のもので。なぜ、彼が今ここにいるのか?が理解できずにいた。

今は、平日の午前中だ。当然普通のサラリーマンなら仕事をしている時間帯。
次期社長でもある有望な樹が、なぜ?

「ま、舞なら……仕事のはずだよ……」

舞の名前を出すと、何だか怒気が増したように感じた。怖くて顔が見られない。

「……舞は、関係ない」
「か、関係ある……でしょ!あなたの婚約者……だよ。だから……」

もう、嫌だった。これ以上心が醜くなるのは。
樹が好きだから、舞への嫉妬でどす黒く歪みきってしまう前に。
ありったけの勇気をかき集め、震える声でなんとか言うことができた。

「もう、止めよう……樹。私は……もうこれ以上舞を裏切りたくない。秘密……ばらしても構わないから……」

この、息苦しく絡めとられた関係から……樹を解放すべきだと思った。所詮、私のエゴで続けていたに過ぎないから。

「樹、樹なら……別に私を相手にしなくていいでしょ?こんな底辺を相手にしなくても……割りきった大人のひとと。ただ、舞にはバレないようにしてね」

この期に及んでも、私は舞に傷ついて欲しくない……なんてご都合主義なことを考えてる。

舞を一番傷つけてきた存在のくせに、ね。

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