アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 アリーシャも意図するところに気づいたようで、何も身につけていない自らの左手の薬指をじっと見つめていた。
 それから同じように何も身につけていないオルキデアの左手の薬指に視線を移した後、何か言いたげな顔でじっと見つめてきたのだった。

 アリーシャの意図するところに気づいたオルキデアは肩を竦める。

「そうだな。まだ用意していなかったな」

 何しろ用意をするには、まずアリーシャの指のサイズを計らなければならない。
 それから、デザインや色も考えなければならないだろう。
 仮とはいえ、本物の夫婦らしく見えるように良いものを用意しなければ、ティシュトリアに関係を見抜かれてしまうかもしれない。

「ええ。是非、用意して下さい。二人にピッタリのものを」
「店の当てはあるのか?」
「ああ。二人が購入したお店に行こうと思う。結婚した部下の間でも評判になっているからな」
「そいつはいいな。あそこは値段の割に質が良い。名前の刻印入りもすぐに用意出来るからな」

 クシャースラとセシリアの夫婦が購入したお店は、下町にありながらも腕利きの職人がいるとのことで、下級貴族の御用達の宝石店であった。
 ただ、二人に関してはメイソンの常連客がそのお店の関係者だったという縁から、そのお店で結婚指輪を購入したらしい。

「それなら、うちの父の名前を出して下さい。気持ち程度ですが、安くなるかもしれません」

 セシリアからメイソンに話しておいてくれるとのことだったので、オルキデアはその好意に甘えることにした。

「そうしてもらえると助かる。頼ってばかりですまないな」
「あら、いいんですよ。私がクシャ様やアリーシャさんと知り合えたのは、オーキッド様のおかげですから」

 言われてみれば、セシリアはオルキデアを通してクシャースラとアリーシャに出会っている。
 それに気づいたオルキデアは「そうだったな」と納得したのだった。

「これからもクシャースラとアリーシャをよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

「なんでおれまで……」と文句を言う親友に一堂が笑うと、オウェングス夫婦はオルキデアの屋敷を後にする。
 片手を振りながら去って行ったセシリアに向かって、大きく手を振り返していたアリーシャを微笑ましく思いながら、オルキデアは一足先に屋敷の中に戻る。
 そんなオルキデアに気づいて、後について来たアリーシャに声を掛けたのだった。

「部屋はどうだった」
「気に入りました。大人っぽくて、お洒落で。あれもオルキデア様が?」
「いや。実際に揃えてくれたのは、セシリアたちだ。元からあった家具の中でも比較的、綺麗なものを選んだと言っていたな」

 今やセシリアたちの方が、滅多に帰って来ない屋敷の主人よりこの屋敷に詳しいに違いない。

「足りないものは無かったか」
「はい。特には」

 マルテに言われて、部屋を確認したらしいが特に不足しているものはおらず、着替えから日用品までこの屋敷で生活する上で必要なものは全て揃っていたのだった。

「アリーシャの部屋が大丈夫なら、俺の部屋も大丈夫だろうな」
「あの、オルキデア様もこの屋敷に泊まるんですか? でも、お仕事は……」
「ここに『泊まる』のではなく『住む』だな。仕事はしばらく休む。休暇を取るように、ずっと上官に言われていたからな。まとめて取ることにした」

 それに、軍部よりずっと出入りしやすいこの屋敷にオルキデアが滞在していると聞きつければ、ティシュトリアは必ずやって来るはずだ。ーー新しい縁談相手の資料を携えて。
< 125 / 284 >

この作品をシェア

pagetop