アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「二種類合わせて、金額はいくらくらいなんですか?」
「うちでも、これくらいはするね」

 既に飾られていたローズクォーツのネックレスに、同じ大きさのラベンダーアメジストの代金を足して、更に二種類を組み合わせる加工代を足したら、結婚指輪の倍の金額になった。

「こんなに高いんですね……」
「宝石の大きさや加工方法にもよるけど、安くてもこれくらいは掛かるよ。
 ただ、コーンウォールの紹介だから、ここから少し割引することも可能だよ」

 こんなに綺麗なのに残念、とアリーシャが肩を落としていると、支払いを済ませたらしいオルキデアが近づいてきたのだった。

「どうした。落ち込んで」
「いえ! なんでもありません!」

 アリーシャの挙動不審な様子を不思議に思ったのか、オルキデアは「そうか?」と首を傾げていた。

「支払いが終わった。アリーシャ、左手を貸してくれ」

 アリーシャが差し出した左手を、孫娘から指輪を預かったオルキデアがそっと掴む。
 まるで壊れ物を扱うかの様にアリーシャの手を掴んだオルキデアは、買ったばかりの結婚指輪を薬指にはめてくれたのだった。

「あ、ありがとうございます……」

 アリーシャの手を離したオルキデアが、そのまま自分の分をはめようとしたので、思わず「あの!」と引き止める。

「私にやらせて下さい」
「そうだな。頼む」

 本来なら、教会で神父や参列者が見届ける中、神の前で愛を誓い合って、指輪を交換するべきだろう。
 だが、時間が無い以上、買ったばかりの結婚指輪を、指輪を購入した店内で、それも店主と孫娘しか見届ける者がいない中でやらねばならなかった。
 物足りなさを感じなくもないが、時間も無く、仮初めの夫婦関係であるならこれでいいのだと、自分を納得させる。

 緊張する手で、オルキデアが差し出す太くて温かい大きな手を左手で取ると、孫娘から指輪を預かる。
 震える指先で指輪を持って薬指に通すと、指輪はすんなりとはまったのだった。

「ありがとう」
「えっ、あ……どういたしまして……」

 オルキデアの手に見惚れていたら、急に声を掛けられて、尻すぼみの返事になる。
 どちらともなく手を離すと、それまで二人を見守っていた店主に、オルキデアは声を掛ける。

「これから買い物をしたいのですが、どこか近くに車を停められる場所はありますか?」
「それなら、うちの駐車場を使うといい。今日は車が出払っているから、丁度空いていてね」

 店主の息子であり、孫娘の父親は、今日は仕入れで遠出をしており、朝から夜遅くまで車で出掛けているらしい。
 他に車も停めていないのと、メイソンの知り合いなら使っていいと、店の裏側にある駐車場を案内されたのだった。

 場所を聞くと、早速、オルキデアは店を出た。
 店の裏側にあるという駐車場に、車を駐車しに行ったのだろう。
 待っている間、アリーシャはローズクォーツのネックレスをじっくり眺める。

(忘れないように、目に焼き付けないと)

 辛い時や悲しい時は、このコーラルピンクを思い出そう。
 そうすれば、母が側に居てくれるような気がするから。

 目を閉じると、今でもあの娼婦街の夜を思い出せる。
 耳の奥では、娼婦街の喧騒がこだましていた。
< 141 / 284 >

この作品をシェア

pagetop