アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 母が仕事に行った後、たまにベッドを抜き出して、窓から外を眺めていた。

 二人暮らしの決して大きくも無ければ、綺麗とは言いがたい、古い木の部屋。
 娼婦街の一角に建つ、娼婦が多く住む建物の六階に、アリーシャーーアリサは母と住んでいた。

 六階の窓からは、娼婦街を煌々と照らす色とりどりの明かりが見え、アリサが住む建物の下からは客引きをする娼婦と、呂律の回っていない酔客の声が聞こえてきた。
 風に乗って、煙草と香水と食べ物が混ざった臭いが、娼婦街に漂っていたのだった。

 遠くにはシュタルクヘルトの中心部にあるビジネス街を始めとして、繁華街や軍部などから白い明かりが沢山見えていて、いつの日か自分も行ってみたいと思ったものだった。
 ただ、その思いは、娼婦街を出て、シュタルクヘルト家に引き取られても、外出さえ自由に出来なかったアリサの身では叶わなかった。

 だからこそ、アリーシャとしてペルフェクトの王都を、自分の足で散策出来るのが楽しくて堪らなかった。
 行ってみたかったシュタルクヘルトのビジネス街ではないが、両国の違いを比較しながら歩くのが楽しかった。
 オルキデアに気づかれない程度に、はしゃいでいたつもりだったが、どこかで気づかれてしまったかもしれない。
 恥ずかしい思いをさせないように、気を引き締めねばと自分に言い聞かせる。

 室内にカランと鐘の音が響く。

「わかったかね?」
「はい。ありがとうございます」

 声からして、オルキデアだとわかる。
 顔を上げてショーケースから離れると、オルキデアの元に向かう。
 アリーシャに気づいたオルキデアが「もういいのか?」と尋ねてくる。

「大丈夫です」
「欲しいものがあれば買うが……」
「本当に大丈夫です。ありがとうございます」

 心配そうな顔をするオルキデアにアリーシャは微笑むと、揃ってお店を出る。

「ありがとうございました」
「ありがとね」

 孫娘と店主に見送られて、二人は店を後にする。
 左手の薬指に視線を落とすと、自然と笑みが広がったのだった。
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