アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夫婦らしく・中

 一階のカフェにやって来ると、既に店内は満席であり、数組が店の外で待っていた。

「あの、このお店じゃなくてもいいので……」
「他の店も似たような状況だが」

 カフェが入っている辺りは飲食店街になっているようで、他の店前にも同じように順番を待つ恋人や老夫婦、子連れで賑わっていたのだった。

「外に出れば、まだ並ばなくても入れるお店があるかもしれません」
「どこも同じだろう。順番くらい待っていればすぐにやって来る」

 店の前には椅子が数脚あったが、全て埋まっていた。
 仕方なく立って待っていると、店の人がやって来て、先に椅子に座って待っていた三人組を呼びに来た。
 空いた席に座ろうとすると、後ろに並んでいたアリーシャと同年代くらいの女性二人組が先に座ったのだった。

「アリーシャ、君が座るんだ」

 唯一空いた一席を示すと、アリーシャを座らせようとする。

「俺は立っていても平気だ。どれくらい待つかわからない以上、君が座るんだ」
「それなら、私が立ちます。立つのは慣れていますし、ここはオルキデア様が座って下さい」
「いや、君が座るべきだ……」
「いえ、オルキデア様が……」

 空いた一席を前に言い争っでいたからだろうか。先に座っていた二人組の女性が、「あの……」と声を掛けてきたのだった。

「私たちが立つので、どうぞ座って下さい」
「だが、そういう訳には……」
「私たちは後から並んでいるので、やっぱり先に並んでいたご夫婦が座るべきだと思うので」
「ご、ご夫婦って……」

 アリーシャが素っ頓狂な声を上げる。

「あれ、違いましたか? すみません……」

 二人組の一人がアリーシャの左手を見ながら謝る。オルキデアと同じく視線の先に気づいたのか、アリーシャが首を振る。

「い、いえ。間違ってはいません。……そうですよね。オルキデア様」
「あ、ああ。そうだな。夫婦で間違いない」

「良かった〜」と、立ち上がった二人組と入れ違うように、二人は空いた席に座る。
 二人組に聞こえないように、アリーシャが小声で話しかけてくる。

「ふ、夫婦って、言われましたね……」
「そうだな……」
「なんだか、照れ臭いです」
「俺もだ」

 二人は笑うと、そのまま購入した本を読んで順番を待つことにする。
 けれども、先程の「ご夫婦」という言葉が頭から離れなくて、戦術論に関する本の内容が全く頭に入ってこなかった。

(仮とはいえ結婚した以上、これから言われる回数も増えるというのに)

 アリーシャとの「夫婦」にも、早く慣れなければならない。
 言われる度に、いちいち照れたり、慌てたりしたら、それこそ怪しまれるだろう。
 自分がしっかりしなくては、と考えている内に、いつの間にか順番が回ってきたようだった。

「お待たせしました。ご案内します」

 呼びに来た店員に声を掛けられて、パタンと本を閉じる。
 紙袋に本を入れると、立ち上がったのだった。

「行くぞ」
「はい」

 アリーシャから読んでいた本を預かると、書店の紙袋に入れる。
 そうして、呼びに来た店員の後に続いて店内へと足を踏み入れたのだった。

 豪奢な内装の店内を歩き、奥まったテーブル席に案内されると、コートを脱いで椅子に座る。
 同じようにコートを脱いだアリーシャも向かいに座ると、店員はメニュー表を置いて立ち去った。

 隣の椅子に脱いだコートと紙袋を置くと、メニュー表を手に取る。
 どれもリーズナブルな値段ながら、女性が好きそうなお洒落なケーキや、旬の果物をふんだんに使ったパフェ、質の良い茶葉を使った紅茶や、産地を厳選したコーヒーなどが写真付きで載っていた。
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