アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 アリーシャから話を聞いたオルキデアは、「そうか」と納得する。

「それで、君は語学に堪能なんだな」
「そんなことは無いと思いますが……」
「だが、良い話を聞いた。俺も今度から翻訳本と原作本と両方を読み比べてみよう。
 せっかく、新しい読書方法を教えてもらったからな」

 アリーシャの読書方法を士官学校時代に知っていれば、もっと楽にシュタルクヘルト語とハルモニア語を覚えられたに違いない。
 あんなに苦労して、覚える必要もなかっただろう。

「他に買わなくていいのか?」
「と、特には……。でも、オルキデア様が昨晩読んでいた本が気になります」

「その本ですよね」と、オルキデアが持っている本を指差してくる。

「あまり小説を読まれるように思えなかったので、なんだか意外で……。あっ、すみません。失礼なことを言って」

 慌てて謝罪するアリーシャに、「構わない」と返す。

「最近は仕事関係の本ばかり読んでいたからな。そう思われるのも仕方がない。実際に執務室も仕事関係の本ばかりだったしな。
 子供の頃は、よく小説を読んでいた。父上の仕事が忙しくて、一人きりの時は特に」

 一人っ子だったオルキデアは、よく本を読んで時間を潰すことが多かった。
 本を読んでいる間だけは、自分が一人きりなのを忘れられた。
 心躍る冒険譚も、過酷な現実を描いた実話も、全てに魅入っていたのだった。

「私も子供の頃、一人きりの夜はよく本を読んでいました。寂しさを忘れられるので」
「そうか。……昨晩、読んでいた小説の前後巻も買うつもりだ。家に帰ったら貸そう」
「ありがとうございます」

 そんなことを話しをしながら、二人は会計を待つレジ列に並ぶ。
 順番がやってきて支払いを済ませると、本を紙袋に入れてもらう。
 それを受け取ると、店を後にしたのだった。

「俺の買い物は終わったが、君は何か欲しいものはあるか?」

「足りないものは……?」と歩きながら言うと、アリーシャも歩きながら考えているようだった。

「足りないもの、は特に無かったと思いますが、それ以外で必要なものも……」

 その時、急にアリーシャが足を止めたので、オルキデアも一緒に立ち止まる。
 視線の先を見つめると、そこには一階にオープンしたばかりのカフェのポスターが貼られていたのだった。

「新しく出来たカフェのポスターだな。パフェが売りなんだな」
「パフェ?」

 ポスターにはお店の情報以外にも、フルーツが山ほど乗ったパフェの写真が大きく載っていたのだった。

「パフェを知らないのか?」
「そういう食べ物があるというのは知っていましたが……」

 時計を見ると、丁度、お昼時であった。

「行ってみるか?」

 驚いた顔で振り向くアリーシャの顔がおかしくて、つい口元を緩める。

「でも、買い物は……」
「後からでも出来るだろう。お昼時で混雑する前に先に済ませてしまおう」
「それなら、オルキデア様の食べたいお店に行きませんか? 私は別に……」
「興味があるんだろう。ならこの店が良い。君の好みも知れることだしな」

 先に歩き出すと、「待って下さい!」と言いながら、アリーシャが後を追いかけてきた。
「待って」と言いながらも、どこか嬉しそうな様子に、オルキデアまで心が弾んでくるような気がした。

 そんなアリーシャの微笑ましい姿に、小さく笑ってしまったのだった。
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