アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「次からは、俺がいない時は部屋で待ってもらって構わない。何度も部屋を行き来するのは大変だろう」
「いいんですか?」
「見られて困るものはないからな。部屋も今のところは整っている。適当に座って待っていてくれ」

 思えば、この屋敷に戻ってきてから、酒の一滴も口にしていなかった。
 それもあって、部屋に酒瓶が溢れておらず、本をさほど読んでいないので、まだ散らかっていなかったーー無論、テーブルの上に広げている本を除けばの話だが。

「本を読んでいたんですか?」

 テーブルの上に広げたままになっていた本に気づいたアリーシャが尋ねてくる。

「もうすぐ、一冊読み終えそうでな。今日買った本を読もうかと思っていたところだ」
「見てもいいですか?」

 オルキデアが頷くと、アリーシャは今日買った本の中から、オルキデアが読んでいた本の一巻目を手に取る。
 パラパラと目を通していたが、気になるシーンがあったのかじっと読み始めたのだった。

「読むなら貸すぞ」
「いいですか、お借りしても?」
「別の巻を読んでいたからな。これを読んだら、続きを読もうか、一巻に戻ろうか迷っていた」

 今読んでいる巻を読み終えたら、最初の一巻目に戻るか、続きの巻数を読もうか迷っていた。
 アリーシャが一巻目を読むなら、迷わず続きの巻数を読める。

「それなら、お言葉に甘えて、お借りしてもいいですか?」
「ああ」

 それきり、本に集中したアリーシャをそっとして、オルキデアも読書に戻る。
 カチカチと部屋の壁に掛かっている壁掛け時計の音が静かな部屋に響く。
 昨晩は強風で気づかなかったが、壁掛け時計の音というのはこんなにも響くらしい。

 そんな時計の音を聞きながら、暖かい部屋で本を読んでいると、昼間の疲れが出てきたのか、少しずつ睡魔が襲ってくる。

(久々に出掛けたからな)

 仕事以外で一日出掛け、街や百貨店を歩いたのは久しぶりだった。
 いつ以来だろうか。父が亡くなってからは、無かったような気がした。

 その頃になると、オルキデアも軍に入って、そこそこ忙しく、クシャースラと会う機会も少なかった。
 そこから北部に行き、戻ってきて北部で負った傷の療養に専念して、傷が完治するとまた戦場に戻った。
 王都所属ながらも、度々戦場に出陣しては功績を挙げ続けた。
 昇級して階級が上がる度に仕事が増えたので、遊び歩くといった余裕は無かったように思う。

(歩き疲れたと言えばいいのか……はたまた遊び疲れたと言えばいいのか)

 どちらにしろ、有意義な時間を過ごせたことに違いはない。
 休日に街を歩き、仕事でしか行ったことがなかった百貨店をゆっくり見た。

 ほんのひと時でも、楽しい時間を過ごせたのは、仮とはいえ、アリーシャと結婚したからなのか。
 それとも、相手がアリーシャだから、楽しい時間を過ごせたのか。

(アリーシャもそう思ってくれたようだな)

「楽しかった」と興奮気味に話していたアリーシャの笑顔が脳裏に浮かんでくる。
 あんなに楽しそうなアリーシャの笑顔が見れるのなら、また連れて行こうか。百貨店に限らず、彼女の行きたい場所に。

 瞼が重くなってきた。意識が遠くなっていく。
 脳裏に浮かんでいたアリーシャの笑顔に、そっと微笑み返すと、オルキデアは目を閉じたのだった。
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