アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
厨房で湯を沸かしていたアリーシャは、両手に冷蔵品や冷凍品を持っていたアルフェラッツから、屋敷を訪ねて来たのはオルキデアの上官であること、上官は結婚したオルキデアとアリーシャを祝う為に、二人に会いに来たという話を聞いた。
またオルキデアたちが、手分けして応接間に結婚祝いの品を運んでいるという話も聞いたアリーシャは、様子を見に行きながら淹れたてのコーヒーを持ってきたとのことだった。
「勝手なことをしてすみません」
申し訳なさそうに眉を下げたアリーシャに、オルキデアは首を振る。
「いや、それは構わない。丁度、君について聞かれて、どう答えようか迷っていたところだった。来てくれて非常に助かった」
どう、アリーシャについて説明しようか迷っていた。伏せっていると適当に嘘をついたが、あの様子だとアリーシャの話を聞かない限り、帰るつもりは無かっただろう。
「上官さんも心配だったんですね。オルキデア様が急に結婚されたから」
「そうか? 面白がられていただけの気もするが」
「心配だったんです。きっと。こんなにお祝いの品を用意して下さって。冷蔵庫もいっぱいになってしまいました」
応接間には、プロキオンが持って来た結婚祝いである食器やタオルが置いてあった。
酒だけでなく、二人の為にとコーヒーメーカーや、コーヒーと紅茶のセットまであった。これにはオルキデアだけでなく、アリーシャも喜んだのだった。
「このお花は?」
「フラワーブーケと言っていたな。ラカイユからだ」
アリーシャが示した透明な箱の中には、白い籠に入った紫や青の花々が咲いていた。
「プリザーブドフラワーと言って、枯れない花らしいぞ」
アルフェラッツがラカイユから聞いたという話を、オルキデアがそのまま聞かせると、アリーシャは目を輝かせた。
そうして、「綺麗ですね」と口元を緩めたのだった。
「そういえば、アルフェラッツさんが百貨店で売られている高級ブランデーケーキを冷蔵庫に入れていました。後で食べて下さいって」
「百貨店に売っていたのか。この前出掛けた時に気づかなかった」
「ブランデーケーキって、食べたことがないんです。楽しみです」
「そのブランデーケーキはアルフェラッツからの祝いの品だったな。……君は花よりもケーキなのか」
オルキデアが茶化すと、「だって」と反論される。
「オルキデア様と出会ってから、食べるのが楽しくなったんです! 前までは最低限、味は関係なく、ただ生きていくのに必要な分だけ食べられればいいって思っていたのに……」
アリーシャの話によると、これまでは娼婦街でも、シュタルクヘルトの屋敷でも、空腹さえ満たせるなら味はどうでも良かったらしい。
誰かの残飯でも、時間が経って味が落ちたものでも、どこか傷んだものでも。
けれども、オルキデアと出会って、軍部の健康的で味もそこそこ美味しい料理や、マルテやセシリアが用意してくれる家庭的な料理を共食したことで食に対する考え方が、少しずつ変わっていった。
さらに、百貨店のカフェのデザート、菓子店の菓子、レストランの料理と美味しいものを知ったことで、アリーシャの舌はすっかり肥えてしまったとのことだった。
「前と同じように、空腹だけ満たされればいい、生きていけるなら味はなんでもいい……という生活には戻れなさそうです。こんなにも自分が意地汚いなんて、思ってもいませんでした……。恥ずかしいです……」
「おかしくないさ。食というのは人間の生理的欲求の一つだろう。それを求めなくてどうする」
「でも……」
「食を求めるということは、生存本能が働いている証拠でもある。……生きたいと、自然と思えるようになったんだ。それは誇っていい」
人間に限らず、全ての生き物は何かを食べなければ生きていけない。
それを求めるのは、人間としてごく自然のことだ。
食べなければ生きていけない以上、不味いものより、美味しいものを求めてしまうのも。
旨味をーー食の楽しさを知らなかったアリーシャが、食を求め、より美味しいものを望んでしまうのも自然のことだろう。何も恥ずべきことではない。
またオルキデアたちが、手分けして応接間に結婚祝いの品を運んでいるという話も聞いたアリーシャは、様子を見に行きながら淹れたてのコーヒーを持ってきたとのことだった。
「勝手なことをしてすみません」
申し訳なさそうに眉を下げたアリーシャに、オルキデアは首を振る。
「いや、それは構わない。丁度、君について聞かれて、どう答えようか迷っていたところだった。来てくれて非常に助かった」
どう、アリーシャについて説明しようか迷っていた。伏せっていると適当に嘘をついたが、あの様子だとアリーシャの話を聞かない限り、帰るつもりは無かっただろう。
「上官さんも心配だったんですね。オルキデア様が急に結婚されたから」
「そうか? 面白がられていただけの気もするが」
「心配だったんです。きっと。こんなにお祝いの品を用意して下さって。冷蔵庫もいっぱいになってしまいました」
応接間には、プロキオンが持って来た結婚祝いである食器やタオルが置いてあった。
酒だけでなく、二人の為にとコーヒーメーカーや、コーヒーと紅茶のセットまであった。これにはオルキデアだけでなく、アリーシャも喜んだのだった。
「このお花は?」
「フラワーブーケと言っていたな。ラカイユからだ」
アリーシャが示した透明な箱の中には、白い籠に入った紫や青の花々が咲いていた。
「プリザーブドフラワーと言って、枯れない花らしいぞ」
アルフェラッツがラカイユから聞いたという話を、オルキデアがそのまま聞かせると、アリーシャは目を輝かせた。
そうして、「綺麗ですね」と口元を緩めたのだった。
「そういえば、アルフェラッツさんが百貨店で売られている高級ブランデーケーキを冷蔵庫に入れていました。後で食べて下さいって」
「百貨店に売っていたのか。この前出掛けた時に気づかなかった」
「ブランデーケーキって、食べたことがないんです。楽しみです」
「そのブランデーケーキはアルフェラッツからの祝いの品だったな。……君は花よりもケーキなのか」
オルキデアが茶化すと、「だって」と反論される。
「オルキデア様と出会ってから、食べるのが楽しくなったんです! 前までは最低限、味は関係なく、ただ生きていくのに必要な分だけ食べられればいいって思っていたのに……」
アリーシャの話によると、これまでは娼婦街でも、シュタルクヘルトの屋敷でも、空腹さえ満たせるなら味はどうでも良かったらしい。
誰かの残飯でも、時間が経って味が落ちたものでも、どこか傷んだものでも。
けれども、オルキデアと出会って、軍部の健康的で味もそこそこ美味しい料理や、マルテやセシリアが用意してくれる家庭的な料理を共食したことで食に対する考え方が、少しずつ変わっていった。
さらに、百貨店のカフェのデザート、菓子店の菓子、レストランの料理と美味しいものを知ったことで、アリーシャの舌はすっかり肥えてしまったとのことだった。
「前と同じように、空腹だけ満たされればいい、生きていけるなら味はなんでもいい……という生活には戻れなさそうです。こんなにも自分が意地汚いなんて、思ってもいませんでした……。恥ずかしいです……」
「おかしくないさ。食というのは人間の生理的欲求の一つだろう。それを求めなくてどうする」
「でも……」
「食を求めるということは、生存本能が働いている証拠でもある。……生きたいと、自然と思えるようになったんだ。それは誇っていい」
人間に限らず、全ての生き物は何かを食べなければ生きていけない。
それを求めるのは、人間としてごく自然のことだ。
食べなければ生きていけない以上、不味いものより、美味しいものを求めてしまうのも。
旨味をーー食の楽しさを知らなかったアリーシャが、食を求め、より美味しいものを望んでしまうのも自然のことだろう。何も恥ずべきことではない。