アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

葛藤

 次の日の朝、アリーシャが目を覚ますと、昨夜の雷雨が嘘の様に晴れていた。
 オルキデアの部屋のベッドから出ると、机の上に書き置きが置いてあった。

 ーー急な仕事が入った。軍部で仕事をしてくる。帰りは遅くなるかもしれない。屋敷で待っていて欲しい。

 自分の部屋に戻って、身支度を整えると、食堂に降りる。
 埃除けが掛けられた布の下には、すっかり冷めてしまった朝食が置いてあった。
 ふと気になって、朝食を食べる前に食料庫に行くと、昨晩ひっくり返した銀器は既に片付けられていた。

(呆れられちゃったかな……)

 冷めた朝食を食べながら、昨日の夜を思い出す。
 子供の様に、雷に怯えて、泣き叫んで、ずっと縋りついていた。
 オルキデアも呆れてしまったに違いない。
 更に、好きだと告白までしてしまった。
 あの困り顔から、嫌われてしまったのだろう。
 オルキデアの優しさにすっかり甘えてしまった。
 彼にはそんな気はなかっただろうに。

(帰ってきたら、謝らなきゃ)

 けれども、その日は夕方になっても帰って来ず、代わりにマルテが屋敷にやって来た。
 オルキデアは軍部での仕事が長引いてしまい、夕方になっても帰れないので、夕食の用意をしながらアリーシャの様子を見るように頼まれたらしい。
 マルテは「オーキッド坊ちゃんが帰るまで、ここに居ようか?」と申し出てくれたが、大丈夫だからと、アリーシャはマルテを帰したのだった。

 一人きりの夕食を済ませて、それでもオルキデアは帰って来なかった。
 ようやく帰って来たのは、アリーシャが寝る時間帯になってからであった。
 寝間着の上にショールを掛けたアリーシャは、屋敷の玄関に降りるとオルキデアを出迎える。

「お帰りなさい」
「ああ」

 アリーシャと目を合わせることなく、オルキデアは階段を上って行く。

「あの、お夕食は……?」
「外で済ませてきた」

 歩幅の大きいオルキデアに合わせるように、小走りになりながらアリーシャはついて行く。

「昨晩の話ですが、やっぱり、無かったことに……」
「その話は、また明日以降にしてくれないか。……今日は疲れているんだ」
「はい……」

 アリーシャを一切見ることなく、オルキデアは冷たく言い放つ。
 アリーシャはその場で立ち止まると、部屋に入って行くオルキデアを、ただ呆然と眺める。
 やがて、部屋の中に消えると、アリーシャはとぼとぼと自分の部屋に戻ったのだった。

(どうしよう……。嫌われちゃった……)

 自分の部屋に入ると、ベッドに横になる。
 うつ伏せになって、枕に顔を埋めると、止まることなく、涙が次から次へと枕に流れていった。

(好きなんて……言わなければ良かった……)

 この想いは、自分の中に閉じ込めておくべきだった。
 オルキデアを困らせるくらいなら、何も言うべきではなかった。
 ただ、側に居るだけにしておけば良かった。
 我が儘を言うべきじゃなかった。
 声を殺して、アリーシャは泣いたのだった。
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