アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「愛していたんですか? 私のこと……」

 その声にクシャースラが振り向くと、開け放たれたままになっていた扉の前に「彼女」が立っていた。

「アリーシャ、聞いていたのか?」

 クシャースラの言葉に、何も身につけていない、白くほっそりした手で口元を押さえていた「彼女」ーーアリーシャは、こくりと頷いた。

 そんなアリーシャの姿に気づいたオルキデアは、濃い紫の目を見開くと、いつになく険しい顔をしてクシャースラの襟元を掴んできたのだった。

「貴様っ! どういうつもりだ!?」
「お前さんがどんな状態になっているかわからないから、呼ぶまで廊下で待っていて欲しいと、おれは言ったんだがな」

 ここまで激昂した親友を、クシャースラは始めて見た。
 出会った頃から、オルキデアという親友は常にどこか冷めた目で周囲を眺めていた。
 時には、冷徹なまでに。
 そんなオルキデアの心を、一人の女性が動かした。
 オルキデアから「アリーシャ」という名前を与えられた、一人の女性が。

「そうじゃない! なぜ、ここに連れて来た!? こんな俺のところに……!?」
「止めて下さい! オルキデア様! クシャースラさんは悪くないんです……!」

 クシャースラの襟元にかかるオルキデアの手を、アリーシャは掴んだ。

「アリーシャ……」
「私からお願いしたんです! これが最後になってもいいから、どうしてもオルキデア様にお会いしたくて……。
 クシャースラさんに無理を言って、ペルフェクトに連れて来てもらったんです……」

 悲痛な顔のアリーシャの菫色の両眼から、涙が溢れ落ちる。
 はっとすると、二人は手を離したのだった。

「すまなかった。オルキデア」
「いや、俺も悪かった。クシャースラ」

 お互いにバツが悪くなって、顔を逸らす。
 ハンカチを取り出して、涙を拭いていたアリーシャに近づくと、オルキデアはおずおずと声を掛ける。

「久しいな。アリーシャ。その……変わりはないか?」
「ええ。とりあえずは。オルキデア様は大丈夫ですか? その、謀叛は?」
「ああ。まあ……。それより、謀叛の話は、アリーシャも知っていたのか?」
「はい。国に帰った後に、新聞で知りました」

 ぎこちない様子の二人に、クシャースラはやれやれと肩を竦める。
 
(お互い、相手に伝えたいことがあるだろうに……)

 それをなかなか言わない姿に、クシャースラはもどかしさを感じたのだった。

 やがて、アリーシャの方から、話を切り出したようだった。

「オルキデア様、どうして、私を国に帰したのですか?
 それも、私が寝ている間にこっそり」
「それは……。お前に話したら、絶対に嫌がって、反対されると思ったからだ。
 出会ったばかりの頃と同じように」
「そんなことは……」

 二人がどうやって出会ったのかは、クシャースラも親友自身から聞いている。
 あの時も、アリーシャを国に帰そうとしたオルキデアに対して、アリーシャ本人が「嫌です」と拒否したらしい。

「アリーシャ。お前のことは愛しているし、大切にも想っている。
 けれども、俺たちは住んでいる国が違うんだ。……俺じゃ、お前を幸せに出来ない」
「そんな……」
「それに、今の俺には国家反逆の謀叛の疑いがかかっている。お前を巻き込む訳にはいかないんだ」
「それでも、私は貴方の側に居たかった!」

 真っ直ぐにオルキデアを見つめるアリーシャの姿に、オルキデアだけではなく、クシャースラまでもが息を飲んだのだった。

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