アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 肩を震わせて、アリーシャが俯くと、怒っていると思ったのか、オルキデアは早口になる。

「返事を待たせたことで、不安な気持ちにさせてしまってすまない。
 俺は女性と普通の付き合いをしたことが無ければ、軍人として忙しく、長期間、戦場に行くことも多々あるだろう」

 太陽が沈み、だんだんと部屋の中が暗くなっていく。
 俯くアリーシャの視線の先にも、静かな夜が迫っていた。

「君には度々迷惑をかけるかもしれないが、それ以外は出来る限り、傍に居ると誓おう。
 こんな俺で良ければ結婚して欲しい。
 必ず、君を幸せにすると約束する」

 目を伏せたまま、なかなか返事をしないからだろう。
 とうとう、オルキデアは膝を折ると、顔を覗き込んできたのだった。

「だから、アリーシャ、俺と……」
「オルキデアさま……」

 ようやく、アリーシャが顔を上げると、幾つもの涙が溢れ落ちていった。

「人って、嬉しい時も、泣くものなんですね……初めて知りました……」

 一瞬、虚をつかれたオルキデアだったが、空いた手でアリーシャを抱きしめる。

「ああ、そうだ。人は嬉しい時も泣くんだ」

 その言葉に、アリーシャはますます泣き出した。
 嬉しくて泣いたのは、これが初めてだった。
 知らなかった。人は悲しい時や苦しい時以外でも泣くのだと。

「オルキデア様……私、オルキデア様のことが好きです……」
「俺も好きだ。アリーシャ」
「こんな私で良ければ、結婚して下さい……」
「『こんな私』って言うな。他でもなく君がいいんだ」

 藤色の頭を撫でられながら、お互いに「好き」と言い合う。
 それはアリーシャの涙が止まるまで、続いたのだった。

 アリーシャが落ち着くと、腕の上にはオレンジ色のカーネーションの花束があった。

「お花、綺麗です……。これを買いに出掛けていたんですね」
「それもあるが、他にも行くところがあってな。これからの夫婦生活に必要な物も手配してきた」

 オルキデアの部屋のソファーで寄り添って座る二人はそっと話し出す。

「これからの夫婦生活ですか?」
「まさか今までと一緒という訳にもいかんだろう。これからはもっと君を……いや、お前を愛する為にもな」

 顎に手をかけられると、上を向かされる。深い紫色と目が合い、胸の鼓動が早くなる。

「もう、手加減はしない。本当はずっと我慢していたんだ」
「我慢ですか?」
「ああ……これもな」

 そう告げて、オルキデアはアリーシャの唇に口付ける。
 最初こそ驚いたアリーシャだったが、目を閉じると身を委ねたのだった。
 ゆっくりと唇が離れると、何故か物足りなさを感じて、縋り付きそうになってしまう。

「これからは、ずっと一緒に居てくれるか」

 真剣な眼差しに、「はい」と頷く。

「俺は弱い人間だ。お前を傷つけることだってあるだろう。泣かせることや怒らせることも……。こんな俺だが、傍に居て欲しい」
「私も同じです。弱くて、子供みたいに泣いてばかりで、寂しがり屋で……。こんな私ですが、これからも傍に居たいです」
「ああ、ありがとう。アリーシャ……」

 二人は顔を見合わせると、再び口づけを交わしたのだった。

 それから、「思い出に残る夜を過ごしたいから」と言って、オルキデアは王都のレストランに連れて行ってくれた。
 昼間に予約したというレストランは、値段も良いが、味も質も最高品質の料理に、アリーシャも喜びを隠せなかった。

 初めて飲んだシャンパンというお酒も、同じ炭酸でも、炭酸水とはまた違った不思議な味がした。
 そんなシャンパンが注がれたグラスを合わせた時、「結婚記念に予約をしたいと言ったら、特別に格安で良いシャンパンを開けてくれたんだ。普段は高価でなかなか飲めない、貴重なブランドだ」とオルキデアが小声で教えてくれたので、つい笑ってしまった。

 そんなアリーシャを見て喜ぶオルキデアの姿も、また忘れられない夜となったのだった。
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