アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
溺愛編

穏やかな朝

 楽しい時間と、「本当」の夫婦としての初めての夜が過ぎて、そうして迎えた朝。

 目を覚ますといつもと同じ朝なのに、アリーシャの中で何かが違うような気がした。
 夫の手によって一皮剥けて、大人の女性に少し近づいたからだろうか。
 上半身を起こすと、隣には愛するオルキデア(あなた)が眠っていて。
 昨夜の情熱な姿とは裏腹に、穏やかな表情で寝息を立てる姿を見せていたのだった。

 寝顔を眺めていると、白い肩から落ちた藤色が穏やかな寝顔に触れそうになる。
 愛する人を起こさないように、アリーシャは自分の耳にそっと髪をかけたのだった。

 昨夜の熱と痛みで疼く身体を動かすと、ベッドから這い出て、床に足をつける。
 しかし、足に力が入らず、そのままくず折れたのだった。

「うっ……」

 白く華奢な身体に遅れて藤色の髪が落ちてくる。
 床を這って、昨晩脱がされた下着を見つけると、身につけようとする。

「どうした?」

 声に振り向くと、ベッドの上には肘をついてアリーシャを見つめるオルキデアの姿があった。

「あ、朝なので、そろそろ起きようかと……」
「そうか。隣からいなくなったから、ベッドから落ちたのかと思ったぞ」

 安心したように息を吐くと、そろそろとアリーシャの方に近づいてくる。

「身体は辛くないか。今朝は俺がやるから、お前はまだ寝ていた方がいい。
 身体を動かせるなら、シャワーを浴びて、さっぱりしてきてもいい」

 身体を起こして、掛布が捲れると、鍛えられた身体が露わになる。
 赤面した顔を見られたくなくて、目を逸らしながら返す。

「大丈夫です。オルキデア様こそ、身体を流してきて下さい。昨晩はたくさん汗を掻いたのではないですか?」
「それはお前も同じだろう。身体中が痛くて堪らないんじゃないか」
「それは……」

 オルキデアの言う通り、今も身体中がムズムズと疼いている。
 身体中が疼く原因となった「昨晩」を思い出して、アリーシャは耳まで赤くなる。

「でも、大丈夫です。妻として、朝の務めをさせて下さい」

 これまでは、マルテやセシリアが様子を見に来ながら、朝食を用意して、洗濯や掃除もやってくれた。

 けれども、オルキデアと「本当の」夫婦となった以上、これからは全てアリーシャがやらなければならない。
 いつまでも、周りに甘えてばかりもいられない。やるべき事をやって、シャワーはその後に浴びればいい。

 床に座り込んで、ベッド脇に落ちていた下着を身につけていると、突然、背後から疼いているところを触れられたのだった。

「きゃああああ!」

 起きてからずっと我慢していたのもあって、身体を悶えさせながら、悲鳴を上げてしまったのだった。

「す、すまない。そこまで悲鳴を上げるとは思わなかった……」

 キッと涙目で後ろを振り向くと、オルキデアが戸惑っていた。

「ほんの出来心だったんだ。まさか、身悶えるとは思わなくて……」
「あ……こちらこそ、すみません。変な声を出してしまって」

 両手で口を押さえて、恥ずかしくて俯いていると、ベッドが軋んで、オルキデアが起き上がる。

「やはり、今朝は俺がやろう。お前はシャワーを浴びて、ゆっくり休め」

 同じように、ベッド周りに落ちていた下着を拾って身につけているオルキデアの元まで這うと、足にしがみつく。

「す、すみません。びっくりしてしまっただけで、なんともないんです。シャワーはオルキデア様が使って下さい」
「いや、お前が先に……」
「いいえ! 貴方が……」
「お前が……」
「貴方が……」

 二人は急に黙ると、微笑を浮かべる。

「何も変わらないな。俺たち」
「そうですね。これまでと何も変わりません」

 お互いに譲り合って、遠慮し合って、これまで仮初めの関係だった頃と、何も変わらなかった。

「今日は何か予定はあるか?」
「何もありません」
「それなら」

 足にしがみついていたアリーシャは、オルキデアにそっと抱き上げられる。
 子供の様に軽々と抱き上げられて、目を丸くしていると、笑い掛けられたのだった。

「たまには二人きりの穏やかな朝を過ごさないか」
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