アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「疲れていないか。人混みなんて滅多に歩かないから疲れるだろう?」
「いいえ。大丈夫です。それよりもパレードって、いつ通るんですか?」
「そうだな……。例年通りなら、あと一時間くらいでここを通過するが……見たいのか?」
「興味があるんです。シュタルクヘルト(あっち)では、こんな風にお祭りに出掛けたことがなかったので……」

 どう言葉を掛ければいいか分からず、オルキデアが黙っていると、しんみりとした空気になったと思ったのか、アリーシャが「すみません!」と慌てて謝ってくる。

「人手も多いですし、無理して見なくてもいいです。あっ、夕方頃にはテレビでやりますよね? 明日の新聞にも写真載りますよね。きっと……!」
「テレビでも、新聞でも、パレードはやるだろうさ。けど……せっかくなら、実物を見た方がいいじゃないか」
「そうですが……。でも、どうやって見るんですか……?」

 オルキデアは上を見上げると、とある場所を思い出す。

「急だから室内は難しいが、パレードが見れて、人が少ない場所を知っているぞ。まだ、入れるかはわからないが……」
「そんな場所があるんですか……?」
「ああ。……ついて来い」

 アリーシャの手を掴むと、オルキデアはまた人混みの中に戻ったのだった。

 それから、二人はパレードが通過する大通りに面する建物に入る。
 入り口には等間隔に郵便受けが並んでおり、整頓が行き届いているものから、チラシが乱雑に入ったもの、表札が入っているものから、入っていないものまであったのだった。

「ここって、住民以外の人が入っていいんですか?」
「本当は駄目だけどな。今だけこっそりだ」

 入り口に並んだ郵便受けから、ここが集合住宅だと気づいたのか、小声で尋ねてきたアリーシャに、「誰にも言うなよ」と念を押す。
 すると、アリーシャは小動物のようにこくりと小さく頷いたのだった。

「パレードには早いが、場所取りも兼ねて先に入ろう。何か買ってから行くか?」

 アリーシャは首を振った。

「パレードを見てから、ゆっくり屋台や出店で買い物したいです」

 オルキデアは微笑を浮かべる。

「それなら、行くぞ」

 アリーシャを連れて、階段で三階まで登ると、非常階段に繋がる扉を開ける。

「一階から登ってもいいんだが、今日は人が入って来ないように封鎖されていてな。三階の扉しか空いていないんだ」
「でも、どうして三階だけ空いているんですか?」

 可愛らしく首を傾げるアリーシャに、目を逸らしながら答える。

「……昔、俺とクシャースラが鍵を壊したからな」
「そうなんですか?」
「士官学校時代にな。誰にも言ってないから、鍵が壊れたままなんだ」

 オルキデアは「これも誰にも言うなよ」と、小声でアリーシャに釘を刺す。

 集合住宅の管理人は修理をする気がないのか、それとも壊れていることさえ、誰も気づいていないのか。
 二人が壊して数年経った今でも、鍵は壊れたままだった。
 オルキデアは音を立てないようにそっと扉を開けると、非常階段を登って行く。

「なんだかワクワクしますね。探検しているみたいで」

 はしゃぐようなアリーシャの声が、薄暗い非常階段に響く。

「初めてクシャースラとこの階段を登った時も同じことを話したな。
 アイツ、王都のパレードを見たことが無いって言うから、誰にも邪魔されずにゆっくり見られる場所を二人で探したんだ。それで、ここに辿り着いた」

 知り合ったばかりの頃、王都の郊外で生まれ育ったクシャースラは、パレードを生で見たことが無いと言っていた。
 どうしても、実際にパレードをやっているところが見たいと言われて、パレードの日に、人気がなく、じっくり見られる場所を二人で探したのだった。
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