アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 王都で生まれ育ったオルキデアには珍しくなかったが、クシャースラがどうしてもと言うので、パレードが通過する大通りを中心に見物場所を探した。
 着いた時には、既にどこも人で溢れかえっており、じっくり見られそうもなかった。
 貴族街で見ることも考えたが、あまり羽目を外して騒ぐと、貴族から顰蹙を買ってしまう。
 どうにかして見れないかと、考えながら歩いていると、ビルの屋上からパレードが見物出来るのに気づいたのだった。

 集合住宅の中でも、割りと年季が入っており、士官学校生二人が出入りしても怪しまれないように、なるべく住民が多い五階建ての建物を見つけると、建物の裏手に回って、非常階段に通じる外側の階段入り口に向かおうとした。
 しかし人混みが多く、オルキデアたち以外にも同じことを考える者が多いからか、ようやく階段前に辿り着いても階段は門が閉ざされて閉鎖されており、「関係者以外立ち入り禁止」と貼紙までされていたのだった。

 そこでオルキデアが機転を利かせて、五階から順に、非常階段に繋がる非常口を確かめることにした。
 しかし、どの階の非常口も鍵で固く閉ざされているか、住民が非常口の前に荷物を置いており、近づくことさえ難しい扉もあった。
 その中でも、三階から通じる扉だけ、鍵が錆びて脆く、力を入れれば壊れそうだった。

 クシャースラは「器物損壊で士官学校を退学になる」と反対したが、オルキデアは「パレードを見たいんだろう?」と言って、力づくで鍵を壊したのだった。

「力づくで鍵を壊したから、壊れた時に大きな物音を立ててしまってな。慌てて二人で、この非常階段の中に逃げ込んだ。
 それからは、今のお前と一緒だ。
 子供の頃に読んだ冒険小説の様だと興奮しながら、階段を登ったんだ」

 勿論、鍵を壊したことは、二人だけの秘密にした。
 帰る時も扉の前に人気がないのを確認してから、こっそり三階から出た。
 あれ以来、オルキデアはここには来ていなかったが、鍵も含めて、薄暗く埃っぽい非常階段も、何も変わっていなかった。

「なんだか意外です。おふたりにそんな一面があったなんて」
「そんなことはないと思うが……。それにしても、まさか今度はお前と来るとは思わなかった」

 アリーシャにねだられて、屋上に気づかなければ、この建物と非常階段の存在を忘れていた。
 あれから、士官学校を卒業した二人は、それぞれ変わってしまった。

 オルキデアは父を亡くし、北部で死にかけた。
 王都勤務ではあるが、一年のうち半分以上は、任務で王都から離れている。
 一方、クシャースラはずっと王都勤務で、オルキデアと懇意にしていたコーンウォール家の娘と結婚して、今は第三王子付きの部隊に所属している。
 クシャースラも一年の半分以上は王都を離れているが、第三王子付きだけあって、オルキデアほどではないだろう。

 それでも、士官学校時代からの繋がりが消えないのは、どの道も必ずどこかで交わっているからなのか。
 はたまた、同年代で同じ少将の階級を持つ者が少ないからか、それとも、たまに敵地への襲撃作戦で行動を共にするからなのか。
 近所に住んでいるというのもあるだろうが……。

「私もオルキデア様とクシャースラ様の仲について、お話を聞けるとは思わなかったです。でも、今のお話で分かりました。
 普段は大人でしっかり者のおふたりが、人には言えない秘密を共有しているからこそ、おふたりはとても仲が良いんですね!」
「大人でしっかり者か……。クシャースラはともかく、それこそ俺は士官学校時代に殴り合いの喧嘩もやっているから、そうは思わんが……」
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