アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 二人で柵に寄り掛かって通りを眺めること数十分。人々の歓声が一際大きくなった。
 歓声が聞こえてきた方を向くと、前後を厳重に警備された黒いオープンカーがゆっくりと通りにやって来たのだった。

「あのオープンカーで手を振っているのが、第二王子ですか?」
「そうだ。あの茶色の髪の青年が、祭りの主役である第二王子だ」

 アリーシャが示したのは、鳶色の髪を短く刈り上げ、黒い軍服姿の青年だった。
 青年は両手を振りながら、笑顔を浮かべて、彼を祝うペルフェクト王国民の歓声や拍手に応えていたのだった。

 ゆっくりと進む第二王子のオープンカーの両側にも、バイクに乗った警官が数人ついており、周囲を警戒しているようだった。

「他の王族はパレードに参加しないんですか?」
「最近は参加しないな。王子たちが幼い頃は一緒についていたが」

 三人いる王子が成人した今となっては、国王夫婦は王子たちのパレードに参加せず、王城での式典やパーティーのみの参加となる。
 もし、国王夫婦も参加するとなれば、今よりも厳重な警備にしなければならず、警察ばかりではなく軍部にも負担がかかる。それを国王夫婦も分かっているのか、最近では自分たちの祝いの時か、国の創立を記念する式典以外ではパレードに参加せず、王子たちのパレードに関しては、主役となる王子たち自身に全て任せているようだった。
 警備を担当する側としては、王子たちの警備だけで充分なので、国王夫婦の気遣いはありがたいというのが正直な気持ちであった。

「他の王子たち同様に、王城で待機しているのだろう。祝典やパーティーもあるからな」
「王族って、大変なんですね」
「そういうお前も、生まれるのがあと数百年早かったら、王族だったんだが……」

 すっかりパレードに見入っている敵国の元王族の血を引く愛妻に言いながら、ふと考える。

(もし王族だったら、今頃こうして、一緒にパレードを見ていないか)

 あの襲撃事件でアリーシャと出会っていなければ、今年も執務室で惰眠を貪るか、あの人混みの中で警備をしているだけだった。
 祭りの人混みの中に入って、この場所に来ようとは考えなかっただろう。

 オルキデアが考えている内に、オープンカーは二人が見下ろしている集合住宅の前を通過するところだった。
 傍らのアリーシャが手を振る中ーー身を乗り出して転落しないように、オルキデアがしっかりと腰を抱いていた。オルキデアは第二王子をじっと見つめる。

(成長したな)

 沿道の国民に向かって手を振る第二王子は、オルキデアたちが在学した士官学校の一学年下の後輩だった。

 直接的な関わりは無かったが、常に周辺を護衛に囲まれ、いつも不安そうにおどおどして、女性の様な小さな細身が、遠目から見ても目立っていた。
 王族であり、周囲を護衛に囲まれているから何も無かっただろうが、それこそ平民だったら、目を付けられていてもおかしくない。

 士官学校を卒業した後は、軍に所属しなかったようだが、時折、慰問として軍部や各方面の基地に顔を出しているらしい。

 最近では、プロキオン中将の上官ーーオルキデアが所属する部隊の大将、が第二王子の麾下となった。
 軍事以外の文官の仕事が増えたとのことで、軍事に関する仕事は、プロキオンを始めとする各中将に任されるようになったのだった。
 その状況をオルキデアの上官は、「仕事が増えた」とよくぼやいていたのを思い出す。
 オルキデアは顔しか知らないが、プロキオン曰く、人柄の良い上官なので、仕事を増やされても怒りはするが、恨みは感じないとのことだった。
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