アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 第二王子を間近に見たのは士官学校以来だったが、男性らしい引き締まった身体や、自信を持って国民に手を振る姿には、士官学校時代の頼りない雰囲気は、微塵も感じられなかった。
 どこか自信さえ感じさせられるその姿には、王族としての風格さえ、備わっているように見えたのだった。

 人が変わった様に逞しくなった第二王子を見送り、やがてパレードが遠くに消えると、また通りは開放された。
 沿道の人々が散って行く中、傍らのアリーシャを振り返る。

「どうだ。実際に見た感想は?」
「なんでしょう……。王族と聞いていたので、もっと華やかで、派手に登場するのかと思っていたら、ただ通りを通過するだけだったんですね」
「言っただろう。パレードってほどでもないと」
「それでも、この国での王族の人気がわかりました。国民から慕われているんですね」
「そうだな……」

 アリーシャには肯定したが、過去には度々未遂ではあるがクーデターが起こっている。国民全員が王族を慕っている訳ではないだろう。
 今も水面下では戦争と戦争を続ける国王とその一族へ反発している者たちが集まっている可能性さえある。
 きっと、パレードの見物客の中にもいただろうーー国王や王族に不満を持っている者たちが。

 彼らが国民の大半以上を占めた時には、シュタルクヘルトの様にこの国もクーデターが起こる。一石を投じた湖に波紋が広がっていく様に、王族や政治家たちに対する不信は国全体に広がり、やがて国内の治安が乱れるだろう。
 そうなれば、この国の専制国家の崩壊は免れない。
 そうなった時、自分は愛する者をーーアリーシャを守り抜けるのだろうか。
 いや、もしもアリーシャを人質に捕られた時、それがオルキデアの弱点となって、両者を苦しめないだろうか。
 人質に捕られるだけならいい。オルキデアが自分の命と引き換えにしてでもアリーシャを救出するだけだ。
 だがもしオルキデアを理由にアリーシャの命を脅かされたらと思うと、ぞっと背筋が寒くなった。

「オルキデア様?」
「ああ。なんでもない」

 いつの間にか考え込んでいたらしい。
 パレードが通り過ぎた街には、人々が談笑する声が戻ってきていた。
 風に乗って、食べ物の匂いが屋上まで漂ってきた。
 隣からは、ぐぅ~と腹のなる音まで。

「す、すみません……」

 耳まで真っ赤になりながら、お腹を押さえて俯くアリーシャに小さく声を上げて笑う。

「パレードも終わったことだ。広場に行って屋台や出店でも見るか」
「そ、そうですね……」

 屋上の出口に向かいながら手を差し出すと、すぐにアリーシャが掴んでくる。
 指を絡めてしっかり握ると、アリーシャを見つめてオルキデアは微笑を浮かべる。
 オルキデアと目が合ったアリーシャも、頬を上気させると花が咲いたような笑みを浮かべたのだった。

 お祭りは始まったばかり。
 楽しい思い出を数多く作ろうと、オルキデアはそっと考えたのだった。
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