アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「これからはそんなことは無いから安心しろ。俺が守ってやる」
「オルキデア様……」
「お前も何かあったらすぐに言って欲しい。相手が男だろうが、女だろうが、相手が後悔するような目に遭わせてやる」

 目をぎらつかせて薄っすら笑うと、困ったように「あ、ありがとうございます……」と返されたのだった。

「でも、あの、その時は、ほどほどにお願いしますね……」
「ん? まあ、お前がそう言うなら」

 袋から油紙を取り出すと、少しだけ包みを開けて中身を確認する。
 油紙に包まれたものを確認すると、アリーシャに渡したのだった。

「これが頼まれていたものだ」
「ありがとうございます」

 受け取ったアリーシャが油紙を開けると、中からは食料を唆る、こってりしたソースの匂いが漂ってきたのだった。

「これです。これが食べてみたかったんです!」

 串に刺さったパンを取り出すと、アリーシャは目を輝かせたのだった。

「確か、これはハルモニアが交易をしている国から伝わったものだな」
「そうなんですか?」
「ああ。ずっと東にある国だったと思う。屋台にはパンとしか書いていなかったが、ちゃんと名前があったはずだ」
「なんて名前なんですかね。屋敷に戻ったら調べてみますね」

 早速、アリーシャは「いただきます」と言って、パンに噛り付く。

「腹持ちは良いはずだぞ。甘辛く味付けされているからな。パンの中にも野菜が入っているから食べ応えもある」

 そう言いながら、オルキデアも自分用に買ってきたソーセージが入った油紙を開く。

「本当ですね。甘辛いソースとマヨネーズが絶妙なバランスを保っています。もちもちしたパンの中には、火が通ってしんなりした野菜が入っているので、食べやすくて、お腹に溜まりそうです」
「そうだろう。昔、俺も食べたからな」

 子供の頃や士官学校生時代に、祭りといえばこのパンだった。
 値段も高くなく、それで腹持ちもいいので、食べ盛りの年頃には、人気の屋台メニューでもある。

「そうなんですね。なんだか、今日はオルキデア様の思い出が沢山聞けて楽しいです!」
「これくらいしか話せるような思い出がないからな。……他はあまり良い思い出がない」
「悲しい思い出……ですか?」
「それもあるが、一番は恥ずかしい思い出が多くてな」
「オルキデア様にも、誰にも話せないような恥ずかしい思い出があるんですか? 意外です……」
「俺だって、生きている以上、数えきれないくらいの失敗や恥を経験したんだぞ」

 そんな事を話していると、先に食べ終わったアリーシャが、じっとオルキデアの手元を見ているのに気づく。
 その視線の先にあるのは、先程屋台で買った串に刺したソーセージ。

「……こっちも食べてみるか?」
「な、なんでわかったんですか!?」
「視線を感じたからな」

 言葉に詰まるアリーシャに、ほとんど食べていなかったソーセージを渡すと、袋の中にまだ買ったものが残っていたことに気づく。

「忘れてた。これも買ったんだった」
「それは、アップルですか? 随分と小さいですが……」
「飴細工用に改良した品種だろう」

 オルキデアが持つ棒に刺さっていたのは、拳サイズの小さなアップルであった。
 琥珀のように透き通った飴でアップルをコーティングして、冷やして固めたものが袋に入れられて売られていたのだった。
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