アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 コートを着たクシャースラがリビングに戻って来ると、家に残る二人に玄関まで見送られる。

「財布は持ちましたか? 携帯電話は……?」
「全部持ったさ。大丈夫」
「そう言って、お祭りの日は携帯電話を忘れましたよね」
「そうだった……。セシリアが届けてくれたんだよな」

 セシリアにコートの襟元を直されながら、クシャースラは答える。
 そんな二人の傍らで、「楽しい時間を過ごして来て下さい」とアリーシャに声を掛けられる。

「そういえば、オルキデア様に『行ってらっしゃい』って言って、こうしてお見送りするのは始めてかもしれません」
「そうだったか……?」
「いつも一緒に出掛けていたので……」

 言われてみれば、二人で暮らし始めてから、アリーシャを置いて出掛けたのは、先日の落雷があった次の日とその次の日ぐらいだった。
 それ以外でも、たまに買い物や車を借りに出掛けたことはあったが、短時間ですぐに戻ってきた。

 それ以外は、どこに行くにも、常にアリーシャを伴っていた。
 いつの間にか、彼女に声を掛けて、一緒に出掛けるのが、当たり前になっていたらしい。

「そうだったな……。遅くならない内に戻って来る。迎えに来るまで、お前もあまりセシリアに迷惑をかけるなよ」
「わかっています! 大丈夫です……」
「どうだかな……」

 傍らの親友夫婦を振り返ると、ようやく親友も身支度が整ったところだった。

「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」

 アリーシャに見送られて玄関の扉を開けると、見送りにアリーシャが続く。
 アリーシャに続いて、親友夫婦が出て来ると、クシャースラが膝を軽く曲げて、傍らのセシリアに向けて身を屈めたのだった。

「行ってらっしゃいませ。クシャ様」

 屈んだクシャースラの隣に立ったセシリアは、背伸びをすると夫の頬に口づける。

「あっ……」

 アリーシャが声を漏らす中、今度はクシャースラがセシリアの頬に口づけを返したのだった。

「行って来る」
「楽しい時間を過ごして来て下さい」

 呆気に取られている新婚夫婦を前に、結婚四年目の夫婦は二人だけの世界を作り上げていたのだった。

「待たせたな。行くぞ」
「あ、ああ……」

 クシャースラに声を掛けられて、彼の後に続いてオウェングス邸を後にする。
 オルキデアにとって、オウェングス夫婦の出掛けの際の見送りは、よく見慣れた光景であり、これまでなら何とも思わなかっただろう。

 だが、自分も結婚した今となっては、意味が違ってくる。
 オルキデアの口からは、この言葉しか出て来なかった。

「……羨ましいな。俺たちも真似したいものだ」
「真似って、今の?」

 すかさず、クシャースラが尋ねてきて、大きく頷く。

「お前たち夫婦が出来るなら、俺たちだって出来るはずだ。見送りに来たアリーシャに口づけられて。俺からも返して。
 今日は始めての見送りだったから、お互いにまだわかっていなかっただけだ。
 次こそは必ず、俺たち夫婦の良さを見せつけてやるさ」

 下から背伸びをして、軽く膝を曲げたオルキデアの頬に口づける愛しい新妻。
 自分なら、どこに口づけを返そうか。
 頬か、唇か、うなじか、掌か、それともーー。

 そこまで考えた時に、「早速、惚気話か?」とクシャースラに呆れ気味に聞かれる。

「惚気てなどいない」
「嘘つけ。完全に惚気てたぞ。……まあ、おれたちの場合は、結婚する際にそういう約束をしたからな」
「そうだったのか。知らなかったぞ」
「別にわざわざ話すようなことでも無いだろう。持参金はいらない代わりに、セシリアと約束したんだ。
 どちらかを見送る際は、必ず頬に口づけを交わし合うって……」

 クシャースラは遠くを見つめながら、教えてくれる。
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