アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 そんなことを考えていると、振り向いたアリーシャと目が合った。
 頭をポンポンと軽く叩くと、「なんですか?」と不思議そうな顔をされる。

「いや、随分と変わったと思って」
「そんなに変わってないと思いますが……」
「変わったさ。日に日に綺麗になって……」
「そうですか……?」
「ああ」
「……少しは、オルキデア様にふさわしい女性になれましたか?」
「その点は心配しなくていい。お前以上にふさわしい女は考えられないからな」

 ほんのり頬を染めて、照れるアリーシャが愛おしい。
 そんな会話をしつつ、オウェングス邸に着いて呼び鈴を鳴らす。
 軽やかな足音と共に、「は~い」と返事が聞こえたかと思うと、内側から扉が開けられたのだった。

「こんにちは。オーキッド様、アリーシャさん。お祭り以来ですね」
「こんにちは。セシリアさん」

 茶色のカーディガンを羽織ったセシリアは、いつもと同じ笑みを浮かべたまま、「お待ちしていました。中へどうぞ」と家の中に通されたのだった。

「せっかくの休みを邪魔してすまない」
「いいえ。クシャ様共々、最近はお祭り関係で忙しく、なかなかおふたりとゆっくり話す機会がなくて……。あれからどうしていたのか、気になっていたんです」

 昨日、クシャースラに電話で訪問する旨を伝えたところ、しばらくはセシリアだけではなく、クシャースラも数日は仕事が休みで屋敷に居ると教えられた。
 祭りの日は、明け方近くまで片付けや酔っ払いの相手をしたというクシャースラは、上官から労われて、数日の休みを与えられたらしい。
 電話をした時は、丁度、どこかに遠出しようかと、セシリアと相談していたところだったそうだ。

 リビングに通されると、新聞に目を通していたクシャースラに、「よっ、おふたりさん!」と片手を上げられたのだった。

「こんにちは。クシャースラ様」
「アリーシャ嬢。久しぶりです。しばらく会わない間に、一段と綺麗になりましたね」
「そ、そんなことは……。お化粧をしているからでは……」
「クシャースラ、俺の妻を口説かないでくれるか」
「クシャ様、最低です」
「誤解だって! おれはセシリア一筋だ!」

 オルキデアとセシリアから冷たい視線を向けられてら必死に弁明するクシャースラに、誰もが笑みを溢したのだった。

「セシリア、クシャースラを借りていいか。外に出てくる。代わりにアリーシャを頼む」
「どうぞ。ごゆっくり」

 支度をするというクシャースラがリビングを出ると、アリーシャが「あの、いつもお世話になっているので……」と、今まで大事そうに抱えていたアップルパイが入った箱を渡す。

「まあ、アップルパイ! ありがとうございます。ここのお店のアップルパイ好きなんです!」
「オルキデア様からこのお店のアップルパイが好きだと聞きました。お祭りで忙しい中、先日はありがとうございました」

 おそらく、先日、ここに来てプリンを作った時の話だろう。
 セシリアは「そんなに気を遣わないで下さい」と笑みを深めたのだった。

「私も楽しい時間を過ごせましたし……。久しぶりに作ったプリンも美味しかったです」
「プリンのレシピだけじゃなくて、他の料理のレシピも、詳しく教えて頂いてもいいですか? あと、刺繍や編み物も……」
「勿論です。遊びに来ると聞いていたので、料理も裁縫の用意もしていました。一緒にやりましょう!」
「はい!」
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