アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 自宅に残っているアリーシャとセシリアを気遣っているのだろう。
「それに」とクシャースラは頭を掻く。

「お前さんの母親が気になるんだよ。素面で会ったことが無いからな」
「そうだったな……」

 クシャースラがティシュトリアに会ったのは、士官学校を卒業した日。
 下町の酒場で飲んだ後だった。
 その時、クシャースラは泥酔していたので、面と向かってティシュトリアに会ったことは無いだろう。

「今のお前さんを一人しておけない。……もう少し、親友を頼ったらどうだ?」
「頼るって……アリーシャのことといい、充分、頼りにしているぞ」
「軍人としてだよ」

 クシャースラの「軍人として」の言葉に、オルキデアはハッと気づく。

「まさか、お前も母上の処遇について……」
「オルキデアと同じ希望を軍部に提出する。こういうのは数の暴力だろう?」
「それはそうだが……」
「ただ……実際に会ったら、気が変わるかもしれん。それでも出来る限り、お前さんの意見に合わせるつもりだ」

 なんてことのないように言っているが、ティシュトリアの処遇について軍部に口出しして、それが軍の意に染まなかった場合、オルキデアの未来はなくなると考えた方がいい。
 それはクシャースラも同じことである。

「いいのか。軍部に睨まれたら、出世の道が無くなるだけでは済まないぞ。辺境の地に転属になる可能性もある。
 そうすれば、セシリアにだって迷惑をかけるだろう」
「その時はその時だ。セシリアだって、きっと理解してくれるさ。
 そっちだって同じだろう。アリーシャ嬢はどうするんだよ」
「その時は軍を辞める。アリーシャを連れて、どこか田舎にでも越すさ。最悪はハルモニアも視野に入れている。
 もう、アリーシャなくして生きられそうにないからな。
 愛する女がいれば、身分も、地位も、財産も何も必要ない。アリーシャさえいてくれるなら……」

 暗に亡命する可能性もあると言うと、「お熱いことで」と軍部に向けてクシャースラが歩き出す。
 その後を追いかけて、親友の隣に並ぶ。

「それ、これまでセシリアとの馴れ初めやら、惚気話やらを、散々聞かせてきた奴が言う台詞か?」
「本当のことだろう。一時的な契約結婚をしている時から、アリーシャ嬢を溺愛してさ」
「あれは、夫婦に見せる為の演技だ」
「はいはい。中心街だか、百貨店だか、祭りだかで、お前さんたちの熱愛ぶりを見かけたっていう話は、全て演技だったってことにしといてやるよ」
「……そんな話があるのか?」
「巡回中や非番の兵が見かけたってことで、軍部内で話題になっていたぞ。
 手を繋いだり、カフェで食べさせてもらっていたり、抱き合ったりしていたってな。
 おれのところにも、お前さんの部下や同期たちがやって来て、事実確認をされた」

 アリーシャと過ごした諸々の日々が、オルキデアの頭の中に思い起こされる。
 その上で、諦めたように息をついたのだった。

「そこまで見られていたのか……。迷惑かけたな」
「おれは全然。でも、良かったな。長期の休暇を取ってて。
 あのラナンキュラス少将が新妻を熱愛しているって噂されている中で、仕事に集中なんて出来ないだろう」

 祭りは別として中心街と百貨店に出掛けた際に、まさか他の兵に見られていたとは思っていなかった。
 休暇明けに軍部に行くのが恐ろしくなってきた。
 特にオルキデアの直属の上官であるプロキオンが、面白がって揶揄ってくるに違いない。
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