アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「そういや、休暇っていつまでだ?」
「来週までだな。仕事が溜まっているから、一度、軍部で仕事して、また取ろうと思う」
「今度は何をするんだ?」
「旅行だ。まだ行ってなかったからな」
「旅行……ああ、新婚旅行か」

 合点がいったという顔をするクシャースラに対して、「まあ今度は、これまでより日数は取れないと思うが……」と肩を落としたのだった。

 ペルフェクトで生きていく以上、アリーシャにはこの国について、もっと知ってもらう必要がある。
 ペルフェクトがどういう国で、どんな人がいて、どんな場所があって、どんな文化があるのか。
 アリーシャ自身もあまり外出したことがないらしいので、あちこち連れて行って見聞を広めるのもいいだろう。
 彼女にはもっとこの国を知って欲しかった。オルキデアが生まれ育ったこの国をーー。

「……アリーシャのいない軍部に戻るのか」

 はあ、と溜め息をつくと、クシャースラは肩を竦める。

「そこまで落ち込むことなのか?」
「これまで、出会ってからずっと、アリーシャと一緒に居たんだ。
 執務室に同棲して、部屋の片付けをしてくれて、掃除もしてくれて……」
「そうだったな」

 納得するクシャースラに、「それだけじゃない」とかぶりを振る。

「もし、俺が不在の間に、アリーシャの身に何かあったらどうする? 怪我をしたら? 誘拐されたら? 急に倒れたら? 一人きりにしていいのか……!?」
「おい、オルキデア……」
「押し売りに怪しい壺を買わされたら? 買い物に行って迷子になったら? 電車やバスの乗り方や降り方が分からず、王都から出てしまったら? 食べ物をやるからと知らない人について行ってしまったら? 俺はどうしたらいいんだ……」

 アリーシャについて悩み出したオルキデアに、今度はクシャースラが呆れて呟く。

「過保護にも程があるぞ……」
「世間知らずなアリーシャを一人にするんた。過保護にもなるさ。いっそのこと、アリーシャを連れて軍部に行こうか……」

 オルキデアと一緒に軍部に行って、自分の目の届く範囲内に居てくれれば、安心出来るだろう。
 真剣な顔で考えていると、「また噂になる気か」と返されたのだった。

「いい機会だから、アリーシャ嬢の社会勉強だと思え。ついでに、お前もな」
「俺も?」
「アリーシャ嬢から離れるんだ。いつもの冷徹で、冷たくて、容赦がないと噂されるラナンキュラス少将に戻るんだ」
「それは……好きで冷たくしていた訳では……」

 言葉に詰まるオルキデアに、「まあ、そうだろうな」と傍らの親友が納得する。

「アリーシャ嬢だけじゃなくて、お前さんも変わったよ。随分と雰囲気が柔らかくなった。今回の噂で、お前さんを怖がる兵も減ったと思う」
「他の兵からどう言われても、俺は気にしていなかったけどな」
「周りが気にするんだよ。全く……」

 親友に肘で脇を突かれると、その腕を払い除ける。
 どうやら、クシャースラも噂を気にしていた一人だったらしい。

「周りに迷惑をかけていたのは知らなかった。これからは肝に銘じよう」
「これからは誰も言わないと思うけどな。昔よりも……いや、出会った頃に比べたら、ずっと親しみやすくなった」
「そうか?」
「十年来の親友が保証するよ」

 通行量の多い、横断歩道に差し掛かると、二人並んで信号が変わるのを待つ。
 すると、急に十年来の親友が「オルキデア」と呼び掛けてくる。

「結婚おめでとう」
「ああ」

 エンジン音を鳴らしながら、数台の車が二人の前を通り過ぎていく。
 その間、少し考えてから、オルキデアはまた口を開いたのだった。

「……ありがとう」

 信号が変わると軍部に向けて、二人はまた歩き出す。
 信号が変わる直前、クシャースラがいつにも増して笑みを深めたのを、オルキデアは見過ごさなかった。
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