アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

母上

 軍部の東側出入り口から入り、必要事項を記入した書類の提出、身分証の確認、身体検査といった厳重なチェックを受けて、ようやく二人はティシュトリアとの面会を許可されたのだった。

「将官でも、簡単には面会をさせてくれないか……」

 用意が出来るまで、通路のベンチに並んで座っていると、傍らのクシャースラが呟いた。

「将官とて人間だ。……俺たちの中に、奴らの仲間がいてもおかしくない、と考えているのだろう」

 ベンチの側には留置所を管理する兵が、案内ーー事実上の監視、として二人についていた。
 肩によく磨かれたペルフェクト軍のエムブレムを身につけており、それが近くに座っていたオルキデアの顔を反射していた。
 天井に視線を向ければ、防犯カメラが点在しており、隙を逃さないという様に二人を監視していたのだった。

「過去にシュタルクヘルト(あっち)に寝返った将官も何人かいたな。戦火に紛れて、行方知れずになった振りして脱走した者も」
「そうだったな。おれたちの中にいてもおかしくないってことか」
「そうだな……」

 その時、何室か並ぶ面会室のうち、二人の目の前にある一部屋から兵が出てくる。

「お待たせ致しました。面会の用意が整いました」
「行くか」

 先にベンチから立ち上がったクシャースラに促されて、オルキデアも立ち上がる。
 最初にオルキデアが面会室に入り、後ろにクシャースラが、その後ろに付き添いの兵が続く。
 鉄のテーブルを挟んで、透明なガラスで隔てた無機質な面会室に二人が入ると、付き添いの兵が扉の前に立ったのだった。

「まもなく来ます。おかけになってお待ち下さい」

 二人を呼びに来た兵は事務的に告げると、扉の向かい側の壁の辺りに控える。

「オルキデア、お前が座れよ」
「いいのか?」

 面会室の中に、椅子は一人掛け用の一脚しかなかった。

「お前さんがメインだろう。おれは隣で立ってるよ」

 椅子の左側に立ったクシャースラに微笑を浮かべると、オルキデアは椅子に座る。

 そのまま待っていると、ガラスで隔てた先にある扉が開く。
 そうして、前後を兵に挟まれ、両手を拘束されたティシュトリアが俯きながら入ってきたのだった。

「母上……」

 ポロリと口から漏れ出る。
 ガラスの向こう側にいるティシュトリアは、すっかりやつれた顔をしていた。
 化粧をしていない顔は年相応に皺が寄り、手入れをしていないからか肌も髪もボロボロであった。
 貴金属の類いは取り上げられて、貴族の間で流行っている色を使った最新型のドレスではない、質素な服装をしていたのだった。

 こんな母の姿を見たことはなかった。
 記憶の中の母は、いつも派手な化粧や服装していた。
 髪はきちんと結われ、肌にもハリが見られた。
 常に傲慢で、華やかで、あちこちの男たちをと誘惑して、関係を持っていた。
 そんな母の年相応の格好をして、やつれている姿に、オルキデアは言葉を失ったのだった。

「こちらの受話器でお話し下さい。ただし、ここで話した内容は全て記録、録音させていただきます」

 扉の前に立つ兵に促されて、オルキデアは左側に受話器が置かれていたことに気づく。
 同じようにティシュトリアの左側にも受話器が置かれていたので、向こう側の受話器と繋がっているのだろう。

 傍らの控える親友を振り向くと、目が合った。
 大きく頷くと、受話器を取って耳に当てる。
 クシャースラも近寄って来ると、膝を屈めて受話器に耳をすませる。
 オルキデアと同じように、ティシュトリアも兵に促されて、受話器を取り上げたのを確認すると、オルキデアは口を開いたのだった。
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