アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 全てを聞き終えたアリーシャは、「そうでしたか……」と呟いたのだった。

「お母様とお話し出来たんですね」
「皮肉なことに、あっちは姦通罪で裁判を待っている時だったがな」
「それでも、裁判の前にお話し出来て良かったと思います。……失ってから後悔しても遅いですから」

 アリーシャの重みのある言葉に、オルキデアも納得せざるを得なかった。
 大きく頷くと、「そうだな」と頷く。

「母上の処遇について、軍部に意見を申し入れようと思う。あれでも俺の母親だからな」

 そうして、傍らで小首を傾げる愛妻を、辛そうに見つめる。

「もし、母上の処遇について軍から不協を買った場合、お前に迷惑をかけるかもしれない。辺境の地に転属か、はたまた軍から追われる日が続くか……」
「例えそうなったとしても、どこまでも貴方について行きます。貴方は何も間違っていない、貴方は正しいと信じているので。だから、安心して下さい」

 はっきりと断言したアリーシャが、いつになく逞しい存在に見える。
 出会ったばかりの頃は、泣いて、不安がって、自信を無くしていたがーー記憶がなかったというのもあるだろうが。

 最近では、見違えるように、しっかりして来た。
 ラナンキュラス夫人として、家事をこなし、化粧もしっかり施して、ペルフェクトの婦人特有の足首まであるスカートを着こなして、胸を張って歩くようになった。
 生まれついてのペルフェクト国民であるかのように、堂々とした振る舞いも身についてきた。
 アリーシャを守るつもりで自分がリードしているつもりが、いつの間にかリードされていることもある。

「成長したな」

 オルキデアは微笑を浮かべる。
 今も、ティシュトリアについて悩んでいるオルキデアの背中を、アリーシャが押してくれた様な気がしたのだった。

「そうですか?」
「ああ、年相応になった。恥ずかしいな。お前を置いて仕事に行きたくないと言っていた自分が」
「そ、そうだったんですか!? それは嬉しいです……。私も行って欲しくないって、思っていたので……」
「そうなのか?」
「一人の時に、何かあったらどうしようって不安で……」

 俯くアリーシャに「俺も……」と言いかけるが、すぐにアリーシャは顔を上げたのだった。

「でも、いつまでも守ってもらう訳にはいかないので、そろそろしっかりしなくてはなりません!
 オルキデア様が安心して、お仕事に集中してもらう為にも、留守番くらい一人で出来るようにならなくては!」

 グッと手を握って、やる気になるアリーシャを頼もしく思う反面、やはり無理しているのでないか、空回りしないかと、不安にもなってしまう。
 クシャースラの言う通り、どうも過保護になっているらしい。
 自嘲する様に口元を緩めると、頼もしい愛妻に近づいたのだった。

「頼もしい限りだが、やはり寂しくもあるな。もっと甘えて、もっと頼って欲しい」
「あの、でも……」
「迷惑でもなんでもない。愛する女に頼られて迷惑と思う訳がない。
 代わりに一つ、約束してくれないか」
「約束?」
「無理はしないということだ。辛い時、一人じゃ出来ない時は、俺を頼ると約束してくれないか」
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