アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 ずっと自分に縋り付いていた少女が、いつしか自分の隣を歩く女性へと成長するように、アリーシャも少しずつ独り立ちを始めて、いつの日か彼女を守護するオルキデアから離れていくだろう。
 その寂しさを埋める為に、「約束」という言葉で縛り、誤魔化そうとする自分が嫌になる。
 やはり自分もアリーシャや母と同じで、実は寂しがり屋だったのだと、思い知らされる。
 何も変わっていないのは自分だけだと。

「約束」を聞いて、キョトンとしていたアリーシャだったが、すぐに頷いた。

「わかりました。これまで通り、何があればすぐにオルキデア様を頼ります」
「そうしてくれると助かる」
「その代わり、オルキデア様も私のことを頼って下さい。何があっても必ず私を連れて行って下さいね。王都から遥か遠くの辺境の地に行くことになっても、国から出なければならなくなっても。……もう、一人は嫌なんです」
「わかった。必ずお前を連れて行こう」
「本当ですよ。約束です」
「ああ。約束する」
「それなら、これです」

 何故かアリーシャは右手を差し出すと、小指を立ててオルキデアに向けてきたのだった。
 訳が分からず戸惑い、「これはなんだ?」と訊ねる。

「何って、指切りです。子供の頃にやりませんでした?」
「言われてみれば、やったことがあるような、ないような……」

 遠い記憶の中、まだ幼いオルキデアも指切りを交わしたことがある。
 交わした相手も、内容も覚えていないが、絡めた小指の感触だけ、なんとなく覚えていたのだった。

「子供の頃、一人で留守番する時は、いい子で待つって言って、母と指切りを交わして約束しました」
「そうだったのか……」
「今回もオルキデア様と約束するので、指切りを交わしたいんです……駄目ですか?」

 小指を差し出し、ねだる様に上目遣いで見つめられて、駄目な訳が無い。
 同じように右手の小指を立てると、アリーシャが差し出した指と絡めたのだった。

「約束だ。無理をしないと」
「約束ですよ。ずっと一緒です」

 桜貝の様に輝く爪、華奢な指。
「約束」という形で、どこにも行かないようにアリーシャを自分の手元に置く。
 これは、ただのエゴイズムだろう。
 けれども、この「約束」があれば、どんな困難も乗り越えられるような気さえしたのだった。

「そろそろ屋敷に戻るか。さすがにこれ以上は湯冷めするぞ」
「そうですね。一度、部屋に戻ります」
「俺も部屋に戻って、シャワーを浴びよう」
「じゃあ、後ほど部屋に伺いますね」

 小指を離すと、アリーシャを伴い屋敷に戻って行く。
 まだ満ちるには程遠い細い月が、二人を照らす。
 アリーシャとやりたいことは、まだまだ沢山ある。
 それまでは同じ時間を共にしたいと、そっと思ったのだった。
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