アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 アリーシャが何か言おうと口を開いた時、再び、ドアがノックされた。
 室内に入って来たのは、先程、書類を持って来てくれた部下であった。
 直前までアリーシャに付き添っていた部下の一人に扉を押さえてもらいながら、二人分の食事のトレーを持って、部屋に入って来たのだった。

「あの、私は邪魔になると思うので……」

 部下はオルキデアたちが座るソファー前のテーブルまでやって来ると、二人分の食事のトレーを並べてくれる。
 それを見たアリーシャが、落ち着かないように辺りをキョロキョロ見ながら、当惑し始めた。
 そんな彼女を、オルキデアはそっと片手で制したのだった。

「せっかくだ。たまには執務室で食べるのも良かろう。綺麗になった執務室で、誰にも邪魔されることなく安心して……な」

 先日の一件もあり、まだ食事には不安が残っているだろうと思った。
 昨日、アリーシャを鎌にかける作戦を打ち明けた際に、執務室まで二人分の食事を持ってくるように指示したのだった。

「……いいんですか?」
「話したいこともある。……嫌でなければの話だが」
「嫌なんて……。そんな事はありません」

 断言して首を振ったアリーシャに、安心して肩の力を抜く。

「それは良かった。部下たちを一度下がらせてもいいか? ここからは、俺が側にいよう」

 オルキデアは部下たちに休憩するように伝えると、執務室から下がらせたーー万が一に備えて、昨日の部下には執務室の外で見張りをするように頼みつつ。

 そんなオルキデアの姿を、じっと見ていたアリーシャが、不安そうに声を掛けてきたのだった。

「厳重なんですね……」
「まあな。これから話すことは、なるべく他の者には聞かれたくないんだ……。特にここの基地の者には」

 首元の襟を緩めながら、オルキデアはソファーに座り直す。
 目の前に、全くメニューが同じ二人分の料理が並べられていたことから、どうやら、今日のアリーシャは、オルキデアと同じ食事ーー将官クラス以上のメニュー。が用意されたらしい。

 今日の昼食は、新鮮な野菜が盛られたサラダに、柔らかい丸パン、野菜だけではなく、挽き肉も入ったスープ、こんがり焼かれた一口サイズの肉料理であった。
 主菜の肉料理からは食力をそそる匂いが漂っており、その匂いに刺激されて、オルキデアも自身の腹が減っていることに気づいた。
 飲み物として、戦場でも支給される水のパック飲料もついていたのだった。

「聞かれたくない話、ですか?」
「ああ。食べながら話してもいいか? 午後から、また出掛けなくてはならないんだ」
「え……。あ、はい!」

 アリーシャは慌ててフォークを取ると、サラダに手をつける。

「出掛けると言っても、まだ多少の余裕はある。ゆっくりでいい」
「はい……」

 急かされていると思って、慌てて食べるつもりだったのだろう。
 耳まで赤くなって、顔を赤面させたアリーシャは、恥ずかしそうにサラダをもそもそと食べたのだった。

 そんなアリーシャを微笑ましく思うと、オルキデアもサラダに手をつけながら、シュタルクヘルト語でーー盗聴されている可能性も考慮して。話し出す。

「来週、王都に戻ることになった」

 フォークで肉料理を刺していたアリーシャの手が止まる。
 あからさまに残念そうに、肩を落としてたのだった。

「……そうですか」
「一緒に来るか?」
「えっ?」

 顔を上げたアリーシャは、驚愕で目を見開いていた。
 今にもテーブルから身を乗り出しそうな様子であった。

「いいんですか!?」
「ああ。医師からも、今週中には病室代わりの部屋から出られると聞いている」

 午前中、オルキデアはアリーシャを任せている医師に会いに行っていた。
 怪我の具合を聞くためであった。

 医師の診断によると、記憶が戻っていないのを除けば、アリーシャの体調は問題ないとの話であった。
 移送にもーー長時間の移動にも、耐えられるだろうと。

「今と待遇は何も変わらない。それでもよければ、俺と一緒に行くか?」

 このまま、この基地にアリーシャが残るのならば、来週には独房ーーとまではいかないが、個室に移す予定だという話も、医師から聞いていた。
 個室では、これまで通りに入り口に見張りをつけて、記憶が戻るのを待つらしい。

 その後は聞いていないが、おそらく、シュタルクヘルトに連れて行かれて、解放されるだろう。
 それがいつかになるかは、わからないが。
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