アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「この花は?」
「あ〜。特に何かの花ではないんです。本当はオルキデア様に縁のある花にしたかったんですが、私の技術ではまだそれが限界で……」

五枚の薄紫色の花びらを持つ、可愛いらしい大小二つの花が、そっけないイニシャルを華やかにさせていた。
そんな花を指先でなぞると、自然と口元が緩んだ。

「これでも最高だ。数ある豪華な花の刺繍に、勝るとも劣らない可憐な花だ」
「そんな事は無いと思います……。ハンカチなら普段から身につけられますし、いざという時に応急処置にも使えるから、いいかと思って」
「勿体なくて使えないな。応急処置にはその辺の布切れを使うさ。
この花びらに使われている紫色は、あまり見ない色だな……。珍しい色なのか」
「その糸の色、オーキッド色っていう名前らしいです」

優しい薄紫色の花の刺繍から視線を移すと、アリーシャと目が合う。

「セシリアさんと行った手芸屋さんで見つけました。名前を聞いて、オルキデア様の色だと思ったので」
「そんな色があるんだな。知らなかった」
「男女問わず人気な色らしいです。店頭に並べているとすぐに売れてしまうとか」
「よく入手出来たな」
「たまたま入荷したばかりだったそうです。私の足のマニキュアも同じ色なんですよ」

言われてアリーシャの爪先に視線を移すと、確かに同じ色であった。

「オーキッド色の話を知って、ますます紫色が好きになりました。昔は見るのも嫌だったのに」
「俺もこれからは好きになれそうだ。お前を思い出せるからな」
「私も、オーキッド色が一番好きな色になりそうです」

二人で顔を見合わせて笑い合う。
寒くなってきたのか、ソックスとショートブーツを履くアリーシャを眺めながら、オーキッドはハンカチを宝物の様に丁寧に畳むと胸ポケットに仕舞う。

これまで、オーキッドと呼ばれるのが嫌でたまらなかった。
呼ばれる度に、母や父を思い出して、胸が苦しくなっていた。
けれども、面会室のガラス越しにティシュトリアと向き合ったからか、オーキッド色の話を聞いたからか、以前より苦しくなかった。
これも全て、傍らに座る最愛の妻のおかげでーー。

「もう帰るか? 潮風が寒いだろう」
「まだです! まだ、砂でお城を作ってないです!」

アリーシャはシートの上から立ち上がると、少し離れた場所に膝をつく。
スカートや手が汚れるのも気にせずに、さらさらの砂をかき集めていた。

「これから作るのか?」
「一度でいいから、砂のお城を作ってみたかったんです!」
「夏でいいんじゃないか?」
「夏にもまた作ります!」

素手で砂を集めて城を作ろうとするが、水分が足りず、砂は固まらなかった。
仕方なく、オルキデアは波打ち際に近い場所までアリーシャを連れて来ると、膝をついて湿った土を集める。
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