アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「それなら、尚更、私はラナンキュラス様と行きます」
「ああ。そうしてくれると助かる。
それから、ペルフェクト語が話せることは、誰にも言わない方が良い。ここだけの話にしよう。
先程の部下たちにも、黙っているように伝える」
「そうですね……。その方が、皆さん油断して、色々話してくれるんです」

どうやら、アリーシャがペルフェクト語がわからない振りをしているのを良いことに、食事や見張りをしながら、兵たちはベラベラと情報を垂れ流していたらしい 。

アリーシャ自身は、聞いていない振りをしてくたらしいが、他の捕虜の前でもやってるとしたら、兵が、引いては軍自体が緊張感がなく弛んでいる証拠だろう。

「全く……。後で、きつく言わねばならんな」

真面目な将官ならーーそれこそ、オルキデアの親友のような真面目な兵なら、今頃、烈火のごとく怒っていたに違いない。
溜め息を吐くオルキデアに、アリーシャはフフフ、と小さく笑ったのだった。

「ラナンキュラス様が帰還されるのは来週ですよね。それまでは、療養に努めます」
「オルキデアでいい」
「えっ?」
「オルキデアと、名前で呼んでもらって構わない」
「でも……」
「こっちの事情で振り回すんだ。それくらいいいさ」

四六時中、誰かに見張られ、療養するどころか薬を盛られ、今度は移送ときた。
心休まる時は無いだろう。

ーーせめて、二人きりの時は、肩の力を抜いて欲しい。

そう、オルキデアは思ったのだった。

「部下たちが居る時は緊張するだろう。俺と二人きりの時ぐらい、もっと気楽にしていい」
「オルキデア様……」

アリーシャに名前を呼ばれると、オルキデアの胸の中に、何か温かいものが広がっていった。

(なんだこの感じは……)

けれども、嫌な気は全くしなかった。
口元を緩めて、アリーシャと微笑み合うと、二人は食事を再開したのだった。

午後からは、アリーシャを移送する手続きをしなければならない。
基地の上層部からはすぐに許可を得られるだろうが、その間の手続きが面倒だった。

書類を作成して、あちこちから許可を得て、それでようやく上層部に提出して、移送の許可が降りる。

その合間に、部下たちにも、帰還の用意を指示せねばならなかった。
アリーシャの移送と移送先の用意も。
親友の力が必要になるかもしれない。

(忙しくなるな)

もしかしたら王都に帰還するまでは忙しくて、こうしてゆっくり食事をすることも出来ないかもしれない。
今の内にしっかりと摂っておかねばならない。

その後、休憩から部下たちが戻ってくると、部屋の片付けを続けるというアリーシャを任せて、オルキデアは執務室を後にしたのだった。

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