アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
挨拶をされたクシャースラは、「あ、ああ……」と戸惑っていたが、オルキデアが咳払いをすると、背筋を伸ばしてシュタルクヘルト語で話し出したのだった。

「は、初めまして。おれはクシャースラ・オウェングスと申します! クシャースラと呼んで下さい」

オルキデアでもなかなか聞けない親友の上ずった声から、どうやらアリーシャを目の前にして緊張しているのがわかった。
ーー何故か、胸が騒ついた。
まさか、嫉妬しているのか。クシャースラに。
そんなオルキデアの様子に気づく様子もなく、二人は話しを続ける。

「オウェングス様ですね。オル……ラナンキュラス様には良くして頂いております」
「それなら、安心しました。なんて言っても、コイツは……」
「クシャースラ」
言いかけたクシャースラを、オルキデアは遮る。

「で? 頼んでいた物は、持って来てくれたのか?」
「ああ。これだ」
クシャースラは脇に抱えていたバックを見せた。

「物が物だったから、おれは見ていない。セシリアに用意して貰った」
「そうか……」

メールを出したのが昨晩。
朝までのあまり時間のない中、クシャースラの妻であるセシリアは用意してくれたのだろうーー恐らく、クシャースラに急かされて。
悪い事をしてしまった。後日、礼に行かねばならないだろう。
オルキデアは、頭を抱えたくなったのだった。

「クシャースラ。そのバックは、そのままアリーシャに渡してくれないか。……俺も中身を見るわけにはいかんからな」
「ああ。そうだな」

クシャースラは不思議そうな顔をしているアリーシャに近づくと、ボストンバックを渡す。

「アリーシャ嬢。こちらをどうぞ」
「あの、でも……」

困ったようにオルキデアに視線を向けたアリーシャに、クシャースラは安心させるように頷く。

「これはアイツが……オルキデアが、貴女の為に用意させた物です」
「私の為に?」
「はい。と言っても、実際に用意したのはセシリアーーおれの妻です。
おれはオルキデアに頼まれて、妻が用意したバックを、ここに運んで来ただけにすぎません」

アリーシャが手を伸ばして受け取ると、その場で開けないように、クシャースラは遮った。

「誤解のないように言っておきますが、おれはこの中身を見ていません。妻から預かったまま、持って来ました」
「中には何が……」
「アリーシャ。少し席を外してくれないか?」

それまで、二人の成り行きを見守っていたオルキデアが話し出す。

「仮眠室で開けるといい……ついでに、着替えてこい」
「着替え……? はい」

素直に頷くと、アリーシャは続き部屋の仮眠室へと消える。
扉が閉まった時、クシャースラは大きく息を吐き出した。
その弾みで、テーブルの上に重ねられていた書類の山が崩れて、クシャースラの足元に雪崩れたのだった。
そんなクシャースラに呆れて、オルキデアは溜め息を吐いた。

「おいおい……」
「……言っておくが、おれは聞いていないからな。お前さんが拾った訳あり娘が、国を左右しかねない大物だったなんて」

灰色の鋭い視線を、オルキデアは正面から受け取る事になったのだった。

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