アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 とりあえず、ソファーに腰を下ろしたオルキデアは、向かいに座るティシュトリアが広げた資料に目を落とした。

「私が懇意にしているランタナ伯爵のお孫さんよ。名前はティファさん。歳は二十二」

 資料には、ランタナ伯爵の領地や家系図が書かれていた。
 クリップで留められた写真には、アリーシャと同い年くらいでウェーブがかかったブラウンの髪の女性が写っていたのだった。

「どう? オーキッドにピッタリだと思うのだけど……」
「母上。目的は何ですか? 金ですか? ランタナ伯爵の財産ですか?」
「どうして、そんな事を言うの……?」

 悲しそうな振りをするティシュトリアを鼻で笑う。

「これまで、貴女はあちこちの男に寄生するように関係を持っていたでしょう。……生まれたばかりの俺を父上に押しつけてまで」

 ティシュトリアは若くして、オルキデアの父であるエラフ・アルバ・ラナンキュラスに嫁いだ。
 ティシュトリアの生家は伯爵家だったが、父親同士が懇意の中だった事もあって、名ばかりの貴族であったラナンキュラス家に嫁ぐ事になった。
 当時、エラフは三十になったばかりで、ティシュトリアは十八だった。

 伯爵家で使用人やメイドに傅かれて育ったティシュトリアにとって、貴族とはいえ、ほぼ平民と同じような生活を送るラナンキュラス家は許しがたいものだった。
 エラフと歳が離れているというのもあっただろう。

 エラフは政治家であり、二十代後半になるまで仕事一筋であった。
 ようやく、結婚や後継ぎについて考えるようになった頃には、周りの女性はほぼ嫁いでおり、残っていたのは亡くなったエラフの父が懇意にしていた伯爵の娘であるティシュトリアだけ。

 ようやく、ティシュトリアを嫁に迎えたはいいものの、文官として順風満帆だったエラフにとって、仕事も蔑ろに出来ない日が続いた。
 ティシュトリアに時間を割けない日が増えたのだった。

 新しい環境にも慣れず、歳の離れた夫にも会えない日々が続いたティシュトリアが、他の男に興味を持つのも時間の問題であった。

 ようやく、エラフがティシュトリアと向き合えた時、既にティシュトリアは他の男と関係を持っていた。
 それを知りつつも、エラフはティシュトリアを妻として愛し続けたのだった。

 やがて、ティシュトリアはエラフとの間に子を身篭った。
 子供が産まれれば男遊びは落ち着くかと、エラフを含めて周囲はそう思ったが、実際はそうではなかった。

 ティシュトリアは男子を出産すると、その赤子をエラフに押しつけて、男遊びを再開した。
 初めは、貴族を中心に関係を持っていたティシュトリアだったが、やがて身分や年齢、分け隔てなく、関係を持つようになった。
 貴族、軍人、政治家、商人、船乗り、平民の劇団員、劇作家、下町の店主。
 果ては、シュタルクヘルトからペルフェクト側に寝返った男たちとも関係を持った。

 男遊びが過激になったティシュトリアを、エラフは「仕事ばかりで、相手をしなかった自分が悪い」と言って、我慢し続けた。

 そんなティシュトリアに押し付けられた自分たちの息子に「オルキデア」と名付けると、近所に住む同じ名ばかりの貴族であるコーンウォール家や、先代の頃から屋敷に仕える者たちの手を借りて、どうにか育てた。

 けれども、やがて、ティシュトリアの過激な男遊びは、屋敷の財産を食い尽くす事になったのだった。

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