アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)
 執務室のソファーに向かい合って座ったオルキデアだったが、用意されたスープに手をつける気にはなれず、じっとアリーシャを見つめる。

 数日前までは、この朝の時間が当たり前だった。
 オルキデアの向かいにアリーシャが座って、朝食を共にしながらたわいのない会話を交わす。
 その時間が愛おしいものだったと、今更気づく。
 失われてから気づくとは思わなかった。

 ーーいや、失われていないか。

 今ならまだ取り戻せる。
 アリーシャとの、二人の時間を。

「あの、オルキデア様? 召し上がらないんですか?」

 自分の食事が終わったアリーシャが、心配そうに見つめてくる。

「やっぱり、二日酔いが酷いんですか?」
「……いや、食べるさ。それよりも、アリーシャ。君に話があるんだ」
「話……? はい!」

 居住まいを正すアリーシャの姿に、つい口元を緩めてしまう。

「君はこの国に残りたいんだったな?」
「はい。出来れば、オルキデア様の側にいたいです。今までお世話になった分、オルキデア様のお力になりたいと思っています」

 いつになく力強く話すアリーシャが微笑ましい。
 緩んだままだった口元を引き締めると、真っ直ぐに見つめ返す。

「それは有り難い。実は一つ困っていることがあってな」
「困っていること……ですか?」
「ああ。昨日、この部屋に若作りした女が来たのを覚えているか?」
「はい。覚えています。オルキデア様によく似た女性のお客様ですよね。身内の方ですか?」

 アリーシャの言葉に、オルキデアの顔が引き攣る。
 ティシュトリアとの繋がりをこれまで考えたことも無ければ、誰かに言われたことも無かった。
 いつも母親のティシュトリアについて、何も考えないようにしていたのだった。

「……そんなに、似ていたか?」
「近くで見たら、顔立ちが似ているように見えたので……。あっ、すみません! 違っていましたか!?」

 オルキデアの顔が引き攣っているのに気づいたのだろう。アリーシャは慌てて謝ったのだった。

「いや、間違ってない。あれは俺の母親だ。…… 母親らしいは何一つやっていないが」

 そうして、オルキデアはティシュトリアについて詳細を語った。
 最初は興味深そうに聞いていたアリーシャだったが、途中で驚いたかと思うと、肩を落としたのだった。

「オルキデア様にもそんな過去があったんですね……」
「ああ。……ある意味、俺たちは似た者同士だな」

 父に愛されなかったアリーシャと、母に愛されなかったオルキデアーー片親に愛されなかった者同士。

「似た者同士、かもしれません。
 でも、私は母に愛されていました。母と暮らしていた頃の思い出もあります。
 オルキデア様に比べれば、まだ良い方です」
「それを言うなら、俺だって父上に愛された過去がある。俺が軍人になったのも父上がきっかけだ」

 オルキデアは母のティシュトリアには愛されなかったが、代わりに父のエラフからは可愛がられた。

 父は一度だって、妻の件で息子を責めなかった。
 子供が産まれれば家に留まるだろうと思っていたティシュトリアが、オルキデアを産むと用は済んだとばかりに屋敷を出て行き、帰ってこなくても。

 これは父の死後、葬儀に来てくれた父の知り合いが教えてくれた話だが。
 一部の心ない使用人や父の知り合いたちは、「産まれたのが息子ではなく娘だったら、家に留まったのではないか」と言っていたらしい。
 その度に父は「そんなのはわからないだろう!」と一蹴していたそうだ。

 父はいつだってオルキデアの味方であり、母の件で息子が困らないようにしてくれた。
 子供の頃はわからなかったが、大人になってからは、父のその優しさが如何に大きいものだったかを知った。
 もう、感謝を伝えられないのが、もどかしい。
 父が生きていた頃に知っていたら、数え切れない感謝を伝えられたのにーー。
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