アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 それから、アリーシャが食堂に朝食を取りに行っている間、オルキデアはシャワーを浴びていた。
 まだ勤務時間前なので、アリーシャを監視する部下はいなかったが、そこまでまだ頭が回っていなかった。ーー逃げない、と言ったアリーシャを信用しているところもあるが。

 頭から熱い湯を浴びて、酒臭い身体を流すと、よく見ないで手元にあった石鹸で身体を洗う。
 石鹸を泡立てると、どこかで嗅いだ花の様な甘い香りがした。
 それがアリーシャの愛用している石鹸だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
 オルキデアは大きく溜め息を吐いた。
 昨夜の失態を忘れようとしているのに、なかなか忘れられなかった。

(昨日は散々だった)

 元はと言えば、母上が訪ねて来たのが原因だった。
 母のティシュトリアがオルキデアの結婚相手の話を持って来なければ、アリーシャを傷つけずに済んだ。
 ーーいずれは、国に帰そうと思っていたアリーシャを。
 アリーシャは嫌がっているが、この国ではアリーシャは一人では生きていけない。
 何も後ろ盾も保護する者もいないのだからーー。

(待てよ)

 アリーシャが後ろ盾を得られて、ティシュトリアが持って来た縁組を回避する方法がある。
 クシャースラとその妻のセシリアの協力ーーどちらかと言えば、主にセシリアの協力、が必要となるが。

(提案する価値はあるか)

 一番は、アリーシャがどうしたいかが問題だった。
 この提案を承諾する事で、一番立場が変わるのはアリーシャだ。

 (全ては、アリーシャの気持ち次第だが)

 お互いに悪い提案では無い筈だ。

 オルキデアはシャワーの頭から浴びて、泡を流すと、浴室を出た。
 いつの間に用意されていたのだろう。柔らかなタオルが着替えの側に置かれていた。
 おそらく、アリーシャが置いたのだろうが、全く気づかなかった。よほど、頭が鈍っているらしい。
 オルキデアは自嘲すると、用意されていたタオルで身体を拭いたのだった。

 着替えて執務室に戻ると、既にアリーシャは部屋に戻ってきていた。

「俺に付き合う必要は無いんだぞ」

 テーブルの上には、水差しと温かいスープが入ったスープ皿しか置かれていなかった。
 二日酔いで食欲の無いオルキデアは水だけで構わないが、アリーシャまで同じメニューにする必要はない。

「まだ朝が早いとはいえ、当直の兵たちや、俺たちの様に泊まり込みで仕事をしている兵たちの朝食が用意されていると思うが……」

 アリーシャはぶんぶんと首を振った。

「いえ。私も食欲が無くて」

「ただ、なんとなくですよ」と、慌てて付け加えるアリーシャに、「そうか」とオルキデアも納得せざるを得なかった。

「あの……とにかく、冷める前に食べませんか?」
「そうだな」

 オルキデアはもう一度、濡れたダークブラウンの長めの髪を拭くと、席に着いたのだった。

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