アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「ただ、心配なだけだ。猛禽な男どもに食われやしないかと」
「猛禽って……お前な」
「事実だ。俺が手出しをしないと思っているのか、寛いでさえいるくらいだからな。他の男の前でも同じ事をやっているのかと思うと、心配にもなるさ」

 そもそも、敵国の男、それも結婚するまでは他人であったオルキデアと同じ部屋に住み続けていて、ああも落ち着いていられるものなのか。
 普通なら、身の安全を心配してしかるべきだろう。未婚の女性なら特に。
 それなのに、未だにオルキデアと扉一つ隔てた先で寝起きして、寛いでさえいる。
 酔ったオルキデアが抱きしめてしまっても、朝まで一緒に寝るくらいだ。
 オルキデアが何も手出しをしないと思っているのか、自身の女性としての魅力に気づいていないのか。

「お前さんを信用しているから、寛いでいるんじゃないのか?」
「どうだかな。まあ、契約結婚とはいえ、最低限の務めは果たすさ。……アリーシャの夫としてな」

 契約婚を解消する時まで、アリーシャの身の安全と貞操ーー処女を守る。オルキデアの事情に付き合ってもらう以上、それくらいはやるつもりだ。
 そうしなければ、今後、アリーシャと真に結婚する事になる相手に失礼だろう。

「そうか……。ああ、頼まれものを持って来たぞ。全く人使いが荒い」
「ああ、助かる。お礼に今度一杯奢ろう」

 書類が入った封筒二通を預かると、その場で開封する。
 一通は、婚姻届だった。
 これにオルキデアとアリーシャのサインを書いて国に提出する。
 受理されれば、二人は正式に夫婦となる。
 もう一通は、アリーシャのこの国での偽の経歴書だった。
 これはアリーシャに渡して、覚えて貰わねばならない。

「セシリアとコーンウォール家は何と?」
「普段から世話になっているから、これくらいは構わないってさ」

 クシャースラの妻であるセシリアと、セシリアの両親であるコーンウォール家のご夫婦には、クシャースラを通じて、アリーシャの偽の経歴書作りに協力してもらった。
 今後、アリーシャはセシリアの実家であるコーンウォール家の遠縁の親戚となる。

 おそらく、アリーシャの母親は、ペルフェクトの北部ーー現在の戦争の最前線である地域の出身だろう。
 アリーシャの藤色の髪は、古くからペルフェクトの北部地域に住む原住民に多い色だ。
 北部が戦場となった際に、原住民は国内外に避難して、散り散りとなってしまった。
 王都でもたまに見かけるが、それでもほんの少数だった。
 それ以外のほとんどの者は、オルキデアのダークブラウンの様に、黒や茶などの色素が濃い、ペルフェクトの南部地域に住む原住民の血を引く者が大半であった。

 それを利用して、アリーシャを北部地域に住んでいたコーンウォール家の遠縁の親戚という事にする。
 戦争に巻き込まれて両親が亡くなり、その後、コーンウォール家を頼って王都にやって来る。
 コーンウォール家に住んでいたところ、クシャースラを通じてオルキデアと知り合い、結婚したという事にする。

 コーンウォール家はラナンキュラス家と同じで、今は名ばかりになってしまったが貴族のひとりである。
 その遠縁となれば、母のティシュトリアも貴族の血を引く者として考えるだろう。
 両家は国の建国に関わっておらず、国に貢献するような功績も挙げていないので、国から記章は与えられていないが、どちらも古くからある家柄だ。

 コーンウォール家も借金や浪費が原因で、名ばかりの貴族となってしまったが、昔はそれなりの貴族だったと聞く。
 ラナンキュラス家とは父の代から深い関係があり、ティシュトリアも無下には出来ないだろう。


< 77 / 284 >

この作品をシェア

pagetop