アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「それは助かる。今度、礼をせねばならんな」

 オルキデアはクシャースラを通じて、セシリアとコーンウォール家に、アリーシャに関する口裏合わせをお願いしていた。
 今後、アリーシャに関して何かあった際に、話しを合わせてもらう為であった。

「セシリアも、セシリアの義父(おとう)さんも構わないと言っていたが……。まあ、いいか。
 その代わり、アリーシャ嬢をセシリア達に紹介させてくれ」
「ああ、勿論だ」

 セシリアは同年代の友人を欲していたし、セシリアの父親は、セシリア以外にも娘が欲しかったという話を聞いた覚えがある。
 アリーシャならきっとセシリアの良き友人になって、セシリアの父親を満足させられるだろう。

「それで、いつ実行する?」
「ああ。調べたら丁度……」

 オルキデアが話し出した時、アリーシャがコーヒーが乗ったトレーを持って戻ってきたのだった。

「何も無かったか?」
「はい! 大丈夫です!」

 花が咲いたような笑顔を浮かべて、アリーシャは頷いた。
 芳しい香りが漂う淹れたてのコーヒーを配るアリーシャに、クシャースラはすまなそうにする。

「ありがとうございます。でも、すみません。いつも頼んでしまって」

「それも高貴な方に」とクシャースラが呟いた言葉に、アリーシャは首を振る。

「平気です。シュタルクヘルト(あっち)でもやっていましたし、それに私にはこれくらいしか出来ないので……」

 アリーシャの言葉に、クシャースラは「そうなのか?」という視線を向けてくる。
「そうらしいな」と、オルキデアは肩を竦めたのだった。
 コーヒーの香りを堪能しようと、目の前のカップに手を伸ばす。
 すると、アリーシャの分が無いことに気づいたのだった。

「アリーシャ、君の分はどうした?」
「私はこの場に居ない方がいいかと思って、部屋に戻るつもりだったので……」

 空になったトレーを胸の前で抱きしめながら、アリーシャは話す。

「そう遠慮することはない。君に関する話だ。君も同席するんだ」
「いいんですか?」
「ああ。俺の隣に座れ」

 おずおずとソファーに座ったアリーシャは、オルキデアと反対側の端に寄る。
 そんなアリーシャの様子に、オルキデアは眉根を寄せたのだった。

「……もっと、近くに来い」
「でも……」
「遠慮することはないと言った筈だ。隣に来い」

 オルキデアが隣を示すと、アリーシャはそっと近づいてくる。
 ようやく、掌一つ分を開けてアリーシャが座った時、ふと向かいを見ると呆れたような顔をしていたのだった。

「本当に大丈夫なのか? 先が思いやられるぞ」
「今だけだ。ここから出たら、もっと夫婦らしく見えるように振る舞うさ。なあ、アリーシャ?」
「そ、そうですね……。夫婦らしく見えるように頑張ります」

 頬を赤く染めるアリーシャに口元を緩めると、オルキデアはテーブルに置いていた封筒の内、一通を手に取ったのだった。

「アリーシャ。これが、俺と結婚した君の経歴書だ……偽だがな。よく目を通しておいてくれ」
「はい……」

 両手で受け取ったアリーシャは、中から偽の経歴書を取り出すと、ざっと目を通したのだった。

「いいんですか……? クシャースラ様やクシャースラ様の奥様、奥様のご両親にもご迷惑がかかるのでは……?」
「おれも、妻も、妻の両親も問題ありませんよ。何も心配いりません」

 笑みを浮かべるクシャースラに、「ありがとうございます」とはにかみながらアリーシャは礼を述べたのだった。

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