アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「実は、ずっと言おうか迷っていたことがあって……」

 もじもじとするアリーシャに、「なんだ?」と安心させるように優しい声音で話しかける。

「あ……。や、やっぱり、いいです……。大したことじゃないので……」
「大したことじゃなくてもいい。言ってみろ」

 みるみる内に顔が真っ赤になっていくアリーシャに、オルキデアは近づいていく。

「本当に大したことじゃないので……」
「構わない。俺に話しづらいことなのか?」

 否定するように首を振るアリーシャに、オルキデアは更に近づく。
 後ろに身を引こうとしたアリーシャだったが、ソファーにつまづいて後ろに倒れそうになる。
 慌ててオルキデアが腕を伸ばして、アリーシャの左手首を掴むと、腰を支えたのだった。

「あ、す、すみません……」

 アリーシャの身体はほっそりとしていて、これまで抱いたどの女よりも細く感じた。

「随分と細いんだな。あっちでは食事も満足に出されなかったのか?」
「そうですね……。忘れられた事も多々ありました。でも、その分、自分で料理が出来るようになったので!」
「ほう。料理が出来るのか。いつか君が作る料理を食べてみたいものだな」

 オルキデア自身は食にこだわりは無いが、アリーシャが作る食事が、どんなものかは気になった。
 アリーシャは「大したものじゃありません」と否定したが、それでも興味があった。

「オルキデア様の口に合わないかもしれませんし……」
「食べてみなければわからないだろう。だが、アリーシャの作るものなら、きっと美味いだろう。……それで、話したいこととは何だ?」

 態勢を立て直したアリーシャから手を離すと、「あの……」とアリーシャは俯きながら話し出す。

「オルキデア様はコーヒーがお好きなんですか?」

「いつも飲まれてますよね?」と聞かれて、オルキデアは考える。

「気にしたことは無いが、言われてみればそうかもしれん」

 言われてみれば、仕事中や来客時だけではなく、いつも食後にも飲んでいた。

 ーー思えば、戦場以外では、飲み物はコーヒーか酒しか飲んでいない気がする。

「それがどうかしたか?」
「食後に、私の分のコーヒーも持って来て頂けるとのは嬉しいです。でも、私、本当は……」

 アリーシャは覚悟を決めると、じっと見上げてきたのだった。

「本当は、コーヒーじゃなくて、紅茶が飲みたいんです」

 怒られると思ったのか、身を縮めたアリーシャに、しばらくぽかんとしてしまう。
 オルキデアは瞬きを繰り返すと、ようやく呟いたのだった。

「紅茶が……?」
「コーヒーも嫌いではありませんが、時間帯によっては飲んだ後に眠れなくなるんです。なので、紅茶とか、なければ、お水がいいんです……」
 アリーシャの言葉に、オルキデアは「なんだそんなことか」と安心する。
 アリーシャにとっては大事なことだろうが、ただ何を言われるのかと、身構えていたオルキデアはほっとして肩の力を抜いたのだった。

「それなら、今度から君の分は紅茶を用意しよう」
「すみません……。手間をかけることになって……」
「いや、こっちももっと早く気付けば良かった。……そういうことは、遠慮なく言ってくれ」

 契約とはいえ夫婦になった以上、これまでよりもアリーシャと生活を共にする時間は増えるだろう。
 もっと相手について、知る必要がある。
 アリーシャについて、知らなければならない。

「すみません……」
「君を責めているわけじゃない。これからは、俺一人で生活するわけじゃないんだ。俺の気が回っていないところがあれば、遠慮なく言ってくれて構わない」

 むしろ、これまで他人に興味を持ってこなかったオルキデアが、誰かと生活を共にする以上、遅かれ早かれ、こういう問題には直面していた。
 今回はアリーシャ自ら言ってくれたが、今後はこちらから気づく必要がある。
 場合によっては、アリーシャに――仮妻に、恥ずかしい思いをさせかねない。

「分かりました。今度からはそうします」
「ああ。そうしてくれると助かる」

 夫婦生活は始まったばかり。
 クシャースラの言う通り、先はまだまだ長いように感じたのだった。

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