泣いてる君に恋した世界で、


食卓を4人で囲む賑やかなこの時間が好きだ。だから自然と笑うし美味しい。


……そういえば学校で食べる弁当も美味しい。


羽星のお陰なのかとも思うけれど、この感じからしてもうひとつ理由があるのかもしれない。

美術室特有の匂い――絵の具や木片、乾いた雑巾などが合わさったような場所で食べる弁当が美味しいはずがないと言いたいところだけど、有りなんだなこれが。


面白いよな。望月がいるといないで美味しさも変わるのが。思うんだ。望月は俺にとって最高のスパイスみたいな存在なんだって。


望月といると不思議と安らぐし、その場にいるだけで落ち着く。今じゃなんとも思わなかった美術室が特別な教室だとも思えるくらい好きな場所。

好きなんだ。望月といる空間が。だから弁当も美味しく――。



「お兄なんか楽しそう!ねっおばあちゃん!」

「そうだねぇ。怜生(れお)くん最近笑顔が増えたからおばあちゃん嬉しいよ」

「え、増えた? ……そうかな」

「怜生くんの笑顔、おばあちゃん大好き。嬉しいよ。あまり自分を追い詰めないでちょうだいね?怜生くんはいつなんどきも優しくて良い子で大切な孫だからね」


そう言って空いた食器を持って台所へ行った優しい背中が潤んでいく。グッと心を鷲掴みされて優しく包み込んでくれた言葉はとても温かくて泣きそうになった。


俯いた俺の頭を優しく弾まさせた手はじいちゃんのもので。予定のない涙が生まれはじめる。ぽろりと溢れ落ちるそれはまるで今までの積み重ねてきた覚悟と重みを浄化しているようだ。



怜生(れお)はよー頑張ってる。母さんも言っていた通り、怜生の笑顔は皆が大好きで僕達の自慢の孫だからな。それだけは覚えておいてくれ。いつでも僕達は君たちの味方だ」

立ち去った後も頭には歳相応の手の厚みと感触が残っていた。


まだ今日が始まったばかりだぞ。なぜにこんな朝っぱらから、しかもまだ9時台に泣かされなきゃいけないんだ。でもこれは嬉し涙だ。ちゃんと見てくれている安心感にも涙腺がくすぐられたんだ。


「おにーい!カノジョできたの!?」

「――ッ……っごほ、っ、いきなりナニ言い出すんだよ」

「やだぁお兄きたない!よだれたらさないで!」


バッチイと嫌な顔しながら口元をティッシュで拭き取る妹にされるがままの俺は顔全体まで綺麗に拭き取られる始末だ。よだれっていってもお茶が少し垂れただけなんだけどさ。



「で!で!カノジョどこ!」

「いや彼女なんていないよ」

「うっそだあ!おばあちゃん言ってたもん! 『お兄ちゃん学校で楽しいことでもあったのかねぇ?それとも彼女さんができたのかねぇ?』って! “たのしいこと” ってカノジョができたからなんでしょ、――あ!おばーちゃーん!」


興奮状態で饒舌に喋り去っていった彼女は再び台所へ。そしてすぐ戻ってきた。苦笑気味のばあちゃんを引き連れて。



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