恋獄の鎖
 ティエラディアナに親らしいことなど何もしてやれない代わりに、せめてあの子は真っ当な恋愛をして、幸せな家庭を築いて欲しいと願っていた。


 何もしてやれなくても、母親だからなのだろうか。あるいは、わたくしもまた女だからなのかもしれない。

 ティエラディアナが恋を覚えたことを直感的に知った。


 あの子も気がつけばもう十七歳だ。

 性格はどちらかと言えばミハエルに似たのか、社交界に出ることより家で読書することを好む控え目な少女だったが、娘の成長は喜ばしかった。


 年頃になった娘が恋をする相手はどんな男性なのか。

 わたくしは秘密裏に探偵を雇った。ティエラディアナとの仲が深まれば、いずれラドグリス家に婿入りするのだ。その身辺調査は遅かれ早かれすることになる。


 探偵の置いて行った数枚の調査書に目を通す限り、家柄的にも本人の人柄的にも何ら問題は見受けられない。でもわたくしは調査書を引き裂きたい衝動を必死で(こら)えた。

 調査書を持つ手が怒りで震える。

 指先が蝋人形のそれのように色を失くしていた。


 ジークハルト・フェルドラータ。

「リザレット……また、あなたなの」

 わたくしの血を分けた以上、どうあっても因果からは逃れられないのか。

 ティエラディアナの相手が、よりにもよってあのリザレットの息子だと知り、目の前が真っ暗になった。


 欲しいものは全て手に入れて来た。

 目障りなものは全て排除して来た。


 けれど、あの男だけは手に入らない。

 あの女だけは排除しきれない。


 馬車の事故で亡くなったとエバンスから知らされた時、ようやく目の前からいなくなったのだと思った。

「どうぞお引き取りを」

「あら。わたくしも友人としてリザレット嬢の死を(いた)んで、最後のお別れを告げに来たのよ」

「その必要はございません。どうぞ、お引き取りを……!」

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