冷たい海
 だが僕は、どういうわけか彼女を降ろすのが怖かった。だから、首を横に振った。
「このままでいいよ」
「えっ?」
「全然重くないから」
 何故だか分からない。でも、降ろすと彼女がいなくなってしまうような気がして。冷たく深い海の奥底へ、彼女が連れて行かれるような気がして。僕は彼女を降ろす勇気がなかったのだ。
 すると、彼女は両腕を僕の肩に回して顔を近づけて、その唇をそっと僕の唇に重ねた。
「ん……」
 僕は唇に触れるその温もりに心を奪われて。彼女を抱く腕は、さらにその感覚を失った。
「大丈夫だから……降ろして」
 顔をそっと離して優しくそう言った彼女は、僕の想いを汲み取ってくれたのかも知れなかった。僕の膝は脱力してゆっくりと、彼女をそのゴツゴツした洞窟の岩の上に降ろした。
「ねぇ、涼平……触って」
 彼女は耳元でそっと囁き、僕の手を取った。僕は一瞬、躊躇した。分かっていたから。今、彼女に触れてしまうのはきっと禁断の行為で……そして、触れてしまうときっと、僕は自分を抑えきれなくなるということを。だが、彼女は哀しげに囁いた。
「お願い。だって、きっと……。私、もう……」
 その後に彼女が何と続けようとしたのかは分からなかった。いや、分かりたくなかった。だから、僕の手が彼女の膨らみに触れた瞬間、僕は自分の唇を彼女の唇に熱く重ねた。
 二人とも分かっていた。それは、禁じられた行為だって。でも、僕達は自分を抑えることができなかった。その夜……青白く光り輝くその海蛍の洞窟で、僕達は禁断の契りを交したのだった。
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