初恋彼は甘い記憶を呼び起こす
「いいと思うよ? 恋愛に対して真剣で、真面目だ」

「そうですか?」

「それに、結局俺が篠宮さんという牙城(がじょう)を崩せていないってことだよね。可もなく不可もなくで、決定打に欠けてる」

 自分が悪いとばかりに顔をしかめる坂巻さんに、私は違うのだと伝えたくて首を横に振る。

 坂巻さんはモテるはずだから、私を選ばなくても他に相手はいくらでも見つかるだろう。
 こんなに素敵な男性にアプローチをされていても、私は勇気を出して前に進んでみようと思えなかった。ずっと高校時代の思い出に捕らわれ、現実とはかけ離れた場所に立ち尽くしたままだ。

「でも、チャンスは残しておいてくれないかな?」

「え?」

一縷(いちる)の望みがあるなら、まだあきらめたくないんだ。俺は好きだから。付き合いたいと思ってる」

 坂巻さんの言葉にうなずくことが出来ずに固まっていると、彼が切なそうに瞳を細めて笑みをこぼした。

「考えておいて」

 返事をしない私を残し、坂巻さんが駅の改札へと足早に歩いていく。

 どうしよう。ごめんなさいと断ろうとしていたところに、逆にはっきり好きだと言われてしまった。もうギブアップだと遠回しに伝えているけれど、まだ舞台から降ろしてもらえないような、そんな気分だ。
 でも“一縷の望み”だなんて切ない言葉を聞いてしまうと無碍(むげ)にもできなくて、またモヤモヤとしてくる。

 だいたい、菊田くんに似ているから惹かれただなんて最初から動機が不純だったのだ。
 結局それは坂巻さんというフィルターを通して菊田くんを追い求めていただけだから。バチが当たったのだと思う。 

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