冷たい雨
エピローグ
 それから月日は流れ、加藤さんは梓紗の病気を治す為に医者になる程の学力はないものの、せめて同じ病気で苦しむ人達の役に立ちたいと一念発起して、医療系の専門学校に入学し、現在看護師として活躍している。
 時々、忘れた頃にひょっこりと店にも顔を出してくれる。

 僕はあれから抜け殻の様な毎日を過ごして、学力もガタ落ち、何とか大学に進学する事は出来たものの、将来の目標すら見つけられず、ぼんやりと過ごしていた。
 就活もそれなりにしたものの、氷河期時代と重なって希望する会社にはなかなか内定が貰えずに、本命ではない会社に就職をしたものの、やはり長続きはしなかった。

 恋愛事に関しても、梓紗の事が忘れられなかった。
 数合わせの合コンで無理矢理参加させられたりして、それなりに出会いもあった。女の子から好きだと告白される事もあった。でも、梓紗以上に愛せる女性には未だかつて出会った事がない。
 お互い合意の上で一夜限りの相手もいた。けれど、身体を重ねたところでこの虚無感は取り払われる事はなかった。むしろ余計に虚しくなるだけで、残酷な別れも経験したけれど、全然心は痛まなかった。
 梓紗を失ったあの痛みに比べたら……。

 地元に帰って来てから実家の酒屋の手伝いをしつつ、現在に至る。

 あの日渡された梓紗の写真は、その後印刷技術が向上し、カメラ屋に持ちこんで色褪せない加工をして貰って今も手元に置いている。
 この店のカウンター席からは見えない場所に飾っている。
 写真の裏には、勿忘草の押し花も一緒に(はさ)まれていた。梓紗の字で、私を忘れないでねと、小さく書かれた文字と一緒に……。

 奇しくもその押し花は、バイオレットフィズの色と同じ色の花で、カクテル言葉も『私を忘れないで』

 こんな日冷たい雨の降る日は、どうしてもあの頃の艶やかな思い出が蘇ってしまう。

 僕は、グラスに残ったウイスキーを飲み干しながら、カウンターに座る彼女に思い出話を語った。



                   ─終─
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